伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

クルーグマン教授の経済入門(ポール=クルーグマン著、山形浩生訳/ちくま学芸文庫)


ノーベル経済学賞を受賞した経済学者による、経済学入門書。いわゆる教科書的な本とは一線を画し、新書本的な体裁で纏まっているものの、経済学の基本的な部分をしっかりと押さえた素晴らしいものだ(もっとも、原著はやたらと重々しいハードカバーなんだけどね)。
山形浩生さんの翻訳が非常に平易で読みやすく経済学入門者には是非おすすめしたい一冊……と言いたいところなのだが、ちくま学芸文庫版には最大にして最悪の欠陥がある。脚注が巻末に纏められてしまっているのだ。もともと本書はメディアワークスから単行本が出て(1998年)その後日経ビジネス人文庫に文庫落ち(2003年)したのだが、これらは脚注がページの中で完結していて大変読みやすかったのだ。ところが、ちくま学芸文庫に収録(2009年、今回紹介するのもこのエディションだ)された際に、何があったのかはわからないのだが脚注がすべて巻末に纏められてしまうことになったようだ。これは、初学者が読むにはちょっとどころじゃなくて不便だし、あまり好ましいことではない。正直これは筑摩書房の編集者の怠慢としか言いようが無い。
ただ、内容については先述の通り申し分ない素晴らしいものだ。新聞などで経済についてよく触れられるトピックについて、真っ当な経済学の観点から説明した本文(そして繰り返しになるけどもとってもくだけてるが読みやすく平易な翻訳)は経済学を勉強している人のみならず、社会人でも是非一度読んでほしいところだ。おそらく、新聞の経済記事がより一層わかりやすくなるだろう。
また、巻末の「日本がはまった罠」については、リフレ政策を現政権が提示している中で、その原理について知るには良い内容だろう。こちらについては、若干数式が出てくる分ちょっと難しいが、本書を読み通した読者であればなんとかなるレベルの内容だ。リフレ政策に賛成の立場に立つにせよ、反対の立場に立つにせよ、その理論の部分を知っておくのは損なことじゃない。ただし、著者は(というか訳者も)インフレターゲティング論賛成の立場として有名な人物であるので、そこを割り引いて読むべきではある。
今経済学を学んでいる学生さんをはじめ、経済というものが今一つよくわからないという社会人も是非一度手に取ってみて欲しい。もやもやした経済というものについて、骨太な知識が得られるはずだ。

東日本大震災と地域産業復興II(関満博/新評論)


いやはや、メモも取らず一気に読んでしまった。これはスゴイ本だ。先に紹介した同タイトル書の続編。2011年10月1日から2012年8月31日までの中小企業の復興について記述されている。内容的には平易だけどもやはり専門書、大部ではある。でも一度は手に取ってみてほしい。また、前作同様経済系学部の大学生諸君は是非読み通してみて欲しい。山形浩生さん(@hiyori13)が非常にコンパクトに纏まった書評を書いているのでそちらも参照
震災から半年経ってからということもあり、東北各地の企業、その復興のケーススタディが中心となる。そういった意味で概論を知りたい人はまず前作を読んでからの方がとっつきやすいはずだ。
本書そのものは先ほども触れた通り個別のケーススタディが中心となっている(とはいえ東北太平洋側の産業についてかなり深く知ることができるのだが)。その中で政府や県の特別融資が非常に大きな役割を果たしていることが印象的だ。実際問題として「現場」側としては、仕事を続けたいのだ。アジアシフトの話だとか一次産業に対する都市民的「偏見」から、東北への投資ということに二の足を踏む御仁もいるかもしれないが、さにあらず。詳しくは本書を読んで驚きたまえという所だが、東北太平洋沿岸の水産業、水産加工業がこれだけ付加価値の高いことをやっている(またはやれる余地がある)ことを知れたのは私にとって大きな収穫だった。
私に限らず、産業というとどうしても二次産業を主体に捉えてしまう節があって、一次産業や三次産業に対する視点が欠けることが多い中、これだけ複層的な資料を読むことはそういった欠けた部分を補ってくれることだろう。
ちなみに。本書の中で関東自動車工業セントラル自動車の事例がちょこっと触れられていたのだが、両社がトヨタを巻き込んで先日「トヨタ自動車東日本」として発足したことを付け加えておこう。何故この時期に(本来アジアシフトが叫ばれている自動車産業が)「東北シフト」のような動きをしているか、学生さんのみならず我々社会人も考えてみるべきじゃなかろうかな。前作同様オススメだ。

東日本大震災と地域産業復興I(関満博/新評論)


東日本大震災後2011年10月1日までの地域産業について「現場」での動きを詳述した本。ぶっちゃけた話、かなりの専門書であることは間違い無くて、あまり一般向けではないのだがそれでもここで紹介して色んな人に読んでもらいたい本だ。特に学生さん、それも文系の経済系学部の大学生にはぜひ一度読んでもらいたい。関先生の本は学術書ではあるけど非常に読みやすいし、読む価値がある領域に触れている。それにこの手の専門書を読み通すということは自信にもつながると思う。
内容としてはまさにタイトルの通りで東日本大震災で影響を受けた中小企業を中心とした地域産業がどのような活動をしているかを纏めた内容だ。お恥ずかしい話、東北地方に関する知識が乏しい私には目から鱗がボロボロ落ちる内容だ。特に歴史的観点で言えば、東北地方=田舎論というのが、高度経済成長期の果実を受け取れなかったという「結果論」によるもので、現在ではむしろ北上川流域の産業集積が目覚ましいというあたりは一読して知っておくべきだろう。また、沿岸部の水産業コンプレックスという産業構造はある種コンビナートという日本っぽい産業集積と類似しているところも、押さえておきたいところ。本書や本書の参考文献を中心に読み進めれば、非常に役立つものになる筈だ。
より「現在」に近い復興の話は続編にあるということなので、そちらも別の機会にご紹介しよう。
最後に一つだけ。「日本の中小企業の復元力は強く、一週間ほどで立ち直っていくようである。」 日本の中小企業は、凄いものなんだ。是非学生さんは(そして普通のサラリーマンでも)本書を読んでそういうことを知って欲しい。おすすめの一冊だ。

デフレの正体(藻谷浩介/角川oneテーマ21)


日本政策投資銀行に勤務し地域振興の各分野に活躍する傍ら、平成合併前の約3200市町村の99.9%、海外59ヶ国を訪問した経験をもつ著者による、景気不振についてかなり大胆に論じた一冊。背表紙の惹句に「『景気さえ良くなれば大丈夫』という妄想が日本をダメにした!」とかなり挑発的なことを書いているが、本書の内容はもっと過激だ。
過激と書いたけども、その内容は極めて良質で実体と合致した内容だ。それに根拠となるサーベイの広い方も見事。関満博の調査が現場に密着したものだとするならば、こちらは現場感覚とサーベイの活用をバランスよくやっている感じだ。
内容について簡単に言ってしまえば、今の景気不振は国際競争力でも地域格差でもなく、単に生産年齢人口の減少が原因だというもの。厳密に言うならば、団塊世代の定年退職に伴って、生産年齢人口が急減していることが原因だと述べている。そしてデフレは単なる結果に過ぎないのだ。一見すると、マクロ経済学のモデルとはかけ離れたように見えるが、実際の統計と比較すると著者の意見はそれほど暴論ではない。それどころか、今の若い連中の苦境とも一致するではないか!
正直、これは一回目を通してみて欲しい。その上で、今何をしなければならないのか(ならなかったのか)判断すべきだと思う。今、インフレ目標と称して色々とやっているようだが、これが本当に有効なのか? その上で今の政府の中でまともに現状への対策を理解しているのか誰なのか? 判断する材料としてはうってつけだ。

現場主義の知的生産法(関満博/ちくま新書)


ぼく自身の話になるけど、コンサルタントというものが大嫌いなのだ。この大嫌いにはツンデレ的成分が多分に含まれているような気もするのだが、どうにも性に合わない。というのも、コンサルタントと称する連中の成果物が基本的に糞だからだ。「お前の身の回りのコンサルが糞なだけだろう」と言われればそれまでの話なのだけども、とはいえ、まともなコンサルの成果物ってなんなんだろうか? 調査報告書? サーベイ? そんなものどうだっていいのだ。コンサルを依頼する側は、まず(コンサル屋が大好きなアンケートやら仮説の前に)自分たちの話を聞いて欲しいのだ。ところが世間のコンサル屋はまずアンケートだという。自分たちの仮説に基づく検証だという。ふざけんじゃねぇ、ばかやろう! ってのが本書の主題だ。といっても、ぼくみたいに柄が悪い書き方じゃないからご安心を。最初に述べたように、中小企業の研究で知られた著者の「現場」体験のエッセンスが詰まった一冊だ。
さんざコンサルをくさしてきて何だけども、ぼく自身コンサルの手先みたいなことをやっていて、コンサルを称する連中にいつも「逝ってよし」とか思っている。思っているけど共犯者の類ではあるという忸怩たる思いがいつもある。そんななか、本書を読むとまるで座禅中に竹箆でバシンとやられたような気持ちになる。糞な成果物を売りつけている身からすれと生きててゴメンナサイという気分になってしまう。だけどそんな重たいものを受け止めて仕事ってのはしてかなきゃならないんだ、ということを身に沁みこませるという意味で(またそれだけでも)読む価値はある。筆者の「『現場』は刈り取るものではなく、共有しともに育っていくものなのである」という言葉をかみしめつつ、自省していきたい今日この頃だ。
学生さんはとにかく必読(所詮新書なんだから、買ってでも読むべし)。社会人で他人の相談事に乗るような仕事の人は必読以前の問題だ。基本的にはアカデミックの人の本だけども、本書のパースペクティブは必ず役立つ。