伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

今日のはてブ(2016/10/22~2016/10/28)(1)

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今回からちょっとスタイルを変えてみたいと思います。

今まで多くのはてブの内容を1つの記事にまとめていたのですが、方向性の違う記事が同居することによる座りの悪さがあまりに酷いのと、カテゴリの管理が厄介という問題がつきまとってました。

というわけで試験的に今回は1つのはてブにつき1つの記事というスタイルにしてみたいと思います。土曜日に大量の更新が立て続けに流れる形になりますが、ご容赦頂ければと思います。

「社会的降格」の概念の重要性とそれが政策パッケージに中々結びつかないもどかしさ

日本の貧困は「降格する貧困」に近づいている。セルジュ・ポーガム『貧困の基本形態』講演から。 - HIROKIM BLOG

最初単純に「烙印」と訳せば良いんじゃないの? と思ったけどそうでもない感じ。降格というよりも侵食してくるようなイメージに近いのだろうか。

2016/10/24 20:49

後から見れば見るほどこのはてブコメントって外してますね。ダメダメですわ。

まず、ポーガム教授の「disqualification sociale」を「社会的降格」と翻訳すると今一つ分かりにくいんですよね。単純に翻訳にブチ込むと「失格」なんですが、平たく言えば「社会からの脱落」だと思ったんですね。ただ、定義の内容を見ると確かに「降格」の方が適切なんでしょう。

援助を受ける人たちは社会の外ではなく中にいる存在である。社会の中にいながらある特定の地位、他より価値が低い地位を与えられている。言うなれば社会における一番下の層、その層の存在について異常であり何とかしなくてはと社会全体が考えている層にいる存在である

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/serge.paugam

そもそも、この「社会的降格」について述べた論文を読んでないのでここで論ずることの出来る立場でも無いような気がするんですが、ここで述べている「貧者」が本当に社会の中にいる存在として議論すべきなのかどうなのか若干疑問を感じなくはないです。
ここで言う「社会」がどの程度の範囲を含めているのかは考えなければならないけども、権力に対する近さで言えば明らかに貧者ではない者と比較して遠い位置に存在しているのは確かです。さらに従来の社会の外として扱われがちであった下層民との相違点が今ひとつ見えにくいところがあるわけで。個人的な所感としては実質的に社会から追放・脱落させられたと見た方が実態に近いのではなかろうかと思う次第です。
ただ、ここでは「降格」という概念を一先ず正として進めていきます。

ちなみに社会的降格について述べた論文が出てるんですが在庫切れですね。

教授の3つの分類(「統合された貧困」「マージナルな貧困」「降格する貧困」)については若干微妙に思えるところがあります。実感としてはケースによってむしろ分類してレッテルを貼ることに危うさを感じるところがあります。
欧州での分類ではこうなったと言われればそれまでなんですが、例えば「統合された貧困」に該当するようなケースでも実際には「社会的降格」に近い立場が大多数というケース*1が現実に過去にも存在していたわけです。さらに言えば「マージナルな貧困」とされているようなケースでも貧困層は実態として「社会的降格」に近い立場に追いやられている状況が存在するのではないか。そんな疑問が残ります。

貧困がただ単純にカネが無い、モノが無いというような事象面の話に終始するものではなくて、社会の中の立ち位置がどうかという考え方は非常にアイ・オープナーなものではあると思います。
それを前提として、貧困というものを定義する中でこのような分類は必要だとは考えるのですが、それが政策パッケージに即結びつくような考え方なのか? ということでいくと非常に悩ましいところです。ここは論文を読んでみないとなんともなんですが、必ずしも「マージナルな貧困」に社会を近づけることが望ましいというわけではなさそうですし。

そういう意味で言うと結論の1)は諸手を挙げて賛同するのが難しいところです。

1)貧困の基本形態という分析枠組は様々な社会における貧困との関係を比較するのに役立つのではないか

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/serge.paugam

一方で、結論の2)は示唆的です。

2)日本は今のフランスやドイツに近いと言える。マージナルな貧困から降格する貧困への変化の途上にあるのではないか

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/serge.paugam

現実として高度経済成長期の日本というのが(少数者としての貧困層が「公的な社会保障システムが確立しており、貧困をなくし予防していくことが目指されている」状態にあったかと言われれば違和感を覚えますが)マージナルな貧困の状態であった乃至は近い状態であったことは否定しにくいと思います。そしてバブル崩壊後に「失業率が上昇し、なかなか仕事に就けない人が増えてくる。また一度仕事に就いても不安定な状況に置かれる人が増えてくる」状態に陥って降格する貧困になりつつ――というかなっているのもまた事実だと思います。
外から見て「変化の途上」と捉えられるというのが興味深くて、既に降格する貧困の状態に陥っているというのが実際に生活する立場としての実感に近いのですが、まだ変化の過程にあるように観測されるという理由が知りたいところです。

*1:開発独裁体制下の発展途上国にありがちかと

今日のはてブ(2016/06/10)

ここのところ、体調不良が相当に悪化していまして、正直このままいくとそのうち倒れるんじゃないかと心配になるほどです。
まあ、倒れたところで誰も困りゃしませんがね。

残念な質問主意書

パソコンの基本ソフトウェアの半強制的アップグレードに関する質問主意書:参議院

タイミングがちょっと遅かった感はあるけども国としてのスタンスを引き出すべき問題だとは思う。それ故に質問のヘタな所が非常に残念。

2016/06/10 16:51

質問主意書という制度は実のところ茶番劇染みている国会論戦よりも非常に面白いネタの宝庫で、これがはてブのネタになることはまずは十分に寿ぐべきことかと思います。実際のところ、当局からは忌み嫌われている側面があるわけなんですが、一方で冒頭述べたとおり面白いネタが山程あって今回のケースもまさにそれです。
今回のネタですがWindows 10への無償アップグレードをめぐる問題が本論なんですが、個人的に(そしてIT業界的にも)興味深いのが質問項目の三でありまして、残念な質問になってしまっているのもまさにコイツであります。
どこが残念かというと「無駄に範囲が広く網羅的」「質問のピントがズレている」の2点であります。
前者は正直野党議員の質問主意書でよくある話で当局から忌み嫌われるのですが、ある意味仕方のない面もあるんですね。情報の非対称性というかレクのレベル感も与野党で異なる中で、可能な限り多くの情報や答弁書を引き出そうとする中で、網羅的かつ抽象的にならざるをえないのはわかるんですけど、結果として極めて「お役所的」な答弁しか引き出せないことになるのが殆どであって、あまり評価出来なかったりします。
今回は後者が問題になるんですが、契約上はあるソフトウェアの利用許諾契約でありながら、実態としてあたかも「as a Service」でのサービス提供のような振る舞いに結果としてなっていることについて国としてどのようなスタンス(あくまでも一般的な契約として国としてタッチしないのか、対一般消費者への提供については一定の制限をかけるべきとするのか)を引き出すべきだったと思います。
本件において、Windows7/8/8.1においてMicrosoftと締結した利用許諾契約について、少なくともWindows7/8.1についてはいわゆるホットフィックス等の保守提供を行う等の債務をMicrosoftは有していると解するのが妥当ではないかと考えるわけですが、Windows 10へのアップグレードは保守提供に含まれるのかどうか、さらにOSをある種同意なく差し替えることを読み飛ばされがちな利用許諾契約に記載することで場合によっては消費者にとって不利な契約を締結してしまう可能性がある方法に消費者保護法制としてどのようなスタンスで臨むのか? さらに言えば最初から「as a Service」な形態のサービス提供においてもどのような取り扱いが為されるべきか(例えば特定の組合せのミドルウェアで契約している筈が、保守と称してミドルウェアがバージョンアップされることによって、ミドルウェア上で稼働するアプリケーションが動作しなくなった際の責任等々)そろそろ真面目に議論してもおかしくはないのでは? と思う次第ですが、拙い質問で台無しにした感がなんとも残念であります。

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今日のはてブ(2015/08/14)

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冒頭にヨタ話というか愚痴です。
基本的に今日のはてブを書くにあたって、はてなブックマークホッテントリだとかIT関係のニュースを巡回してはOneNoteにクリップして纏めて移動中にチェックするスタイルで回しています。
今はお盆というバカンス期間なのでアレなんですけど、仕事をやっているタイミングだと中々その場その場ではてなブックマークを書くのが厳しいし、ニュース自体もある程度選別しないと書く時間を捻出するのも厳しいので。

で、OneNoteをここ半年以上ゴリゴリ使っていてこういった使い方をするにあたり、実のところ大きな不満はひとつだけです。同期がとにかく遅い。それも上り(アップロード)側です。

移動中にニュースを選別して簡単にはてなブックマークに書きたいネタやブログ向けのネタの下書きをして、OneDrive側に保存をかけてPC側データと同期を取るスタイルなんですが、ちょっと記事の数が多いと平気で30分くらいかかるんですよね。出先の無線LANサービスとかでやろうとすると殆ど不可能に近かったりする。
無論、使い方の問題という側面はあります。極論、ローリングさせる文書はかなり限られるので極力全件同期させないような運用方法でやれば多少は違うんでしょうけども、それを考慮してもちょっとしんどいと言わざるを得ません。

この部分だけ改善されれば相当使い勝手の良いサービスだけにどうにかならないもんなんでしょうかね。

ってなわけで今日も今日とて懲りずにノマドごっこであります。

前にも書きましたけどセブンスポット自体はかなり優秀なサービスで、デニーズという場所はかなりこういった作業をやるのには良いですね。Wi-Fiの速度(というかスループット)については、公衆無線LANということを考慮すると致し方がない部分ではあるんですけどももうちょいなんとかなってくれればかなり使い勝手が良いものになりそうです。

Massive explosion in Tianjin.

実際の事故発生からだいぶ経過したんですが未だに状況が良く見えないところがあり、大変にもどかしいものがあります。
とりあえず現段階で見えている部分だけでも纏めるという意味で取り上げたいと思います。

[中国][事故][災害][社会][化学][天津][禁水物質]

天津の爆発事故、危険物質と知らず放水した可能性も:朝日新聞デジタル

現段階では一発目の爆発(火災)に対して水消火をかけたところ何らかの禁水物質にかかり二発目の大爆発に繋がったというところなんでしょうかね。いずれにしても情報待ちですね

2015/08/14 20:44

この手の話題に関しては化学業界の話題さんの記事がやはり強いですね。現時点でのまとめとしては一番良く纏まっていると思います。

blog.knak.jp


私自身も若干混乱しているんですが、このはてなブックマークの内容微妙に間違ってますね。以下に詳述していきたいと思います。

どうやら、火災 → 爆発(一回目) → 爆発(二回目)という順番で事象が進んでいるようで「Massive explosion」と云われるものは二回目の爆発の模様です。
消防隊が出動するに至ったトリガである通報は「自動車が燃えている」という内容なんですが、証言の中で「最初(燃えていたの)はコンテナだった」というものもあり現段階では情報が錯綜しており判断が付かないところです。ただ、爆発の中心となったのが保税港区内の危険物倉庫ということはほぼ確定しているようです。現状では「保税港区内の危険物倉庫での火災報に基づき消防が出動した」という事象ということになるんでしょう。
同様に証言を見る限り当該地域での火災に対して水消火を行ったところ、何らかの禁水物質(炭化カルシウムという推測ありだが確定はしていない状態です)に水がかかり爆発(一回目)に繋がったと考えるのが妥当と思われます。この一回目の爆発により、周囲の危険物質に連鎖的に引火し「Massive explosion」とされる爆発(二回目)に繋がった、ということになります。

一つのカギとしては火災現場が「危険物倉庫である」という情報がどこまで消防当局に共有されていたか? 危険物倉庫の当事者(管理者並びに従業者)が初期消火及び当局との連携がどこまで出来ていたのか? というところが重要な観点ではないかと思います。あとで述べるけどもここについては決して日本でも全てが全てうまく行っているというわけではないので、極めて発生しやすい事象なんですね。
ネガティブな引用で恐縮だけど、三井住友トラスト基礎研究所の伊藤洋一さんは報道規制や現場サイドの無知について論じておられるんですがちょっと難詰に近い気がします。

「現場に記者を派遣してはならない」とか「天津市共産党委員会宣伝部が管轄するニュースサイト天津北方網の情報のみを報じるように」との通達は信じられないですね。

 でもそうした報道規制社会の結末は、「リスクを社会が共有し、今後同じ事が起きないようにシステムを整える」事に対する抑止要因になってしまうと思う。今回の「知らせない....」「発信源を政府に都合の良い一カ所に絞る...」というのは湖北省で400人以上の死者を出した客船転覆事故が起きた際と同じだ。

 中国メディアなどによると、天津市当局は爆発事故の関係者を拘束し原因を調べているそうだ。しかし私には今回の事故には、「無知」が大きく寄与しているように思う。


(中略)


 臭いますね。これだけの事故が起きると言うことは、「想定外のことが起きている」としか考えられない。危険物を集積すること自体が賢明な事かどうか。そして万が一が起きたときに「誰が何をするのか」「何をしてはいけないか」は決まっていたはずだが、その「手順」が共有されていたのかどうか。

 されていなかったから、二次爆発、三次爆発がおきているのだと思う。だって危険物を集積させることは「危険だ」という人は居たはずで、その人の懸念を払拭するだけの「手順」が決められていたはずだ。しかしそれがワークせず、集積された化学物質が大爆発した。10キロ先の自動車ディーラーの窓ガラスが割れるとは....。
とっても残念なことだが... /YCASTER 2.0:伊藤洋一公式サイト

報道規制(というか現場への立ち入り制限)については、正直取り扱い物質を見てから言って頂きたいですね。少し化学物質についての知識があるなら、功名心に駆られたトップ屋でもとても立ち入ろうとは思いません。爆発によってある程度危険物質が「燃焼」してしまっているとはいえ、とてもじゃないけど立ち入れる状況じゃ無いはずです。

また、本件事故のようなケースで周囲に被害が発生したり消防当局者に被害が出るのは、中国に限った話じゃなくて前者であれば三井化学の岩国大竹工場で発生したレゾルシンプラントの爆発火災事故でも発生している(規模の差はありますがプラントから大きく離れているはずの国道沿いの民家にも事故直後ビニールシートがかかっているのを当時現場で見ています)し、後者にしたところで日本触媒の姫路製造所で発生したアクリル酸製造施設の爆発・火災事故でも同様の事象が発生している。後者に関しては正直本件事故のような情報伝達の失敗があった可能性は今でも否定出来ないわけです。

保税地域の中に輸出品として取り扱う危険物があるのは産業構造等の観点で致し方がないところがあるわけで、別にこれは中国に限った話じゃないわけです。極論日本だろうがアメリカだろうが、どこでだって発生しうる事象と言えます。ましてや禁水物質に関する取り扱いってのは実のところ日本でも結構鬼門だったりします。あまり詳細には書けないけども、こういった物質周りでの小規模な事故は幾つか事例があるわけです(小規模だから地元メディアでも書かれなかったりする。業界関係者くらいでしか語られなかったりするわけです)。はっきり言ってしまえば、この事故は(規模の大小はあれど)「明日は我が身」と考えなければ同じ轍を踏むことになるでしょう。そういった観点で申し訳ないけども伊藤さんの論評は危機感が不足している。

無論、過去の事例(特に個人的には2011年の温州市鉄道衝突脱線事故が印象に強く残っている)からこの手の事故事件について、調査が満足に行われずなあなあになってしまう傾向が中国(に限らず日本や韓国といった東アジア圏全般共通)にはあるんだけども、これは本当に徹底的に原因究明をすべきだと思います。この事例は埋もれた事例となって再び同じような災害が発生するという愚かしいことが行われては決してならない。

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今日のはてブ(2015/07/28-31)

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つい最近まで知らなかったのですけども、土用の丑が2日あるケースってのもあるんですね。ってのは、今日の晩飯がうなぎだったから気づいたって話なんですが。

別記事で多分書くことになると思いますけど、昨日(8月1日)正式に自動車購入の契約を済ませてきました。いよいよもって新車到来までカウントダウン状態です。大体月末ですかね。
またぞろ暫くクルマ関係の記事(という名のヨタ話)が増えることになると思いますが、何卒ご容赦のほど。

当期利益至上主義の弊害とコストカッターの限界、それと太鼓持ちの終焉

当期利益至上主義って話は東芝粉飾決算(って書くと名誉毀損で訴えられたりするのかな?)でも第三者委員会が書いてましたね。あれ自体久保利弁護士@ゼンショーフルボッコタイムにボロカスに言われてましたが。

business.nikkeibp.co.jp

マクドナルド凋落の元凶がついにわかった

http://president.jp/articles/-/15780
[マクドナルド][経営][企業][ビジネス][経済][マーケティング]結局、藤田時代への回帰くらいしか打つ手が無いってのも色々と死に体ですわな

とりあえず……

今更かよ!!

……往年のテキストサイトっぽいやり口ですわな。

冗談はさておき、マクドナルドの営業施策に関して以前「Made For You」をネタに取り上げたことがありました。

yohichidate.hatenablog.com

マクドナルドの衰退と吉野家

http://togetter.com/li/735377
[マクドナルド][経営][ファストフード][Togetter][ビジネス][食]マクドナルドの低迷については、メニュー周りのゴタゴタや各種経営施策の問題が大きいと思うけど、あまり指摘されない味の観点での指摘は中々興味深い。

(追記)個人的にMade For You施策については、世間一般では「味を良くする」ベクトルの話という認識だと思ってたし、多分そういう認識の方が主流のように思うんだけど、実態は…… というお話。恐らく、超古株のバイトさんとかなんかはそこらへんの感覚は持っているのかな?
もしくは若いころマクドでバイトしてて、結婚して子どもが大きくなってからまたパートを再開したような人とか。

簡単に言えばコストカッターのコストカッターによるコストカッターのための営業施策であるところの「Made For You」によって、キッチンサイドの柔軟性が極端に落ちて改善をしようにも身動きが取れないし味も落ちたって話になります。
これ、実際のところ上で自分が書いているとおり、どちらかと言えば(マクドナルドサイドの宣伝に乗せられる形で)作りおきを減らして味を良くするベクトルの動向と思っていたんですが、実態は…… という話で大変興味深いです。コストカッターが大鉈を振るうって話は比較的分かりやすく結果が出せるからよくよく使われるけども、その後に残る残骸が悲惨なことになっているのが、いまのマクドナルドというあたりですかね。

さて、原田氏といえばプロ経営者と言えば聞こえがいいけども、簡単にいえば外資系企業の太鼓持ちのようなサムシングであります。アップル時代がまさにそれで、マクドナルドの社長になってその真骨頂を発揮した感があるわけです。
ってか、根本的な話として日本マクドナルド自体が(原田体制になるまでは)極めて特殊というか藤田田という強烈なキャラクターを持った経営者によって突撃をかまし続けていた存在で、米本社サイドからすれば如何ともし難い(すでにそういう動きが取れるような契約になっていたし、あーゆー御仁を理屈だけで説得する自信、あります?)存在でありました。ぶっちゃけた話良くも悪くも藤田氏一代の藤田商店そのものだったわけであります。
で、上場やら休日倍額平日半額とかの失敗で藤田氏が退任するなどして、米本社としては目の上のたんこぶが消え去ったわけです。そこにちゃっかり八兵衛よろしく社長の椅子に座ったのが、太鼓持ち・オブ・ナイツ・デ・サムシング原田氏だったというわけです。

冒頭の引用先でも書かれてますが、社長として(成否はともかく)一応施策として理解できるのはコストカットくらいで結局やってきたのはのれんの切り売りというかある意味利益操作に近いような内容なわけです。
無論これ自体は東芝のケースと異なり、一般に公正妥当と認められる会計処理に基づく商取引であって適法なものであるわけですが、現実的にアウトプットとして出てきた数字だけ見る分には意味不明な利益が計上されてなんとなく儲かっているように見える状態になっていたわけです。まあ、アニュアルレポートやら有価証券報告書を細々見るとかファンドであればヒアリングをするなどすれば実態は見えてくるんでしょうけど、一般株主からすれば正直なところ東芝と似たり寄ったりのレベルにしか感じないんじゃないかと思う次第です。

くどいようですが、東芝のケースとは異なりやっていることは適法な商取引なわけです。
ただ、実態として営業収益として計上すべきかどうかかなり議論が分かれるようなものを、外形的な取引相手との関係性だけで営業収益としてしまうというあたり個人的には若干疑問符を付けざるを得ないところです。

米本社サイドとその太鼓持ち的サムシング原田氏としては、四半期/半期/当期レベルでの収益を求められていたわけです。それは株主であり米本社サイドの経営陣から。
もちろんマクドナルドは慈善事業じゃなくて営利企業なわけだから、利益を計上できない事業にいつまでもダラダラとゼニを突っ込む程ヒマじゃないけども、一方でその過程で東芝に近いようなプレッシャーがあったかどうかは推測の範疇になるので敢えて書かないけども、まあどこも似たようなことはあるでしょうなあという他人事のようなことくらいは書いてしまってもいいのではないでしょうか。

大概のファンド、それも大口のところになると当期利益がナンボ以下だと自動的に売却みたいなロジックで商売をしているわけで(そうでもないとあのボリュームは捌けない)当然そういったプレッシャーはあるわけですけど、その帰結がボロカスになった事業とカス的なサムシングである経営者と疲弊しきった従業員だとすると、何やら虚しくなりますわな。

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今日のはてブ(2015/07/27)

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黒猫――もちろん見目麗しきツンデレ気味な美少女キャラではない――が目の前をよぎる以上の不吉な出来事があり、とてもじゃないけど残業をしてまで仕事をする心持ちになれず早々に撤退して今に至るという状況でありますことよ。

しっかし、あれですな。昨今のモバイルPCの重量に慣れてしまうと、古い世代のノートPC(一応モバイル可能という位置づけなんだけど)がとてもじゃないけど耐え難いものになるというのも辛いところです。ましてやそれが会社支給端末であれば。個人持ち端末であれば、ある種必要経費なもんで自分で買い換えるとかするわけなんだけど、会社支給じゃそういうわけにもいかない。挙句、ネットワークにつなぐためにはそれを使わざるを得ないわけで。

ユニクロの自滅

出発点から道を逸れ続けた挙句の今があるといったところでしょうか。引用記事はこちら。

マクドナルドの二の舞か? なぜだ! ユニクロが突然、売れなくなった 「飽きた」「高くなった」「もう欲しい物がない」……

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44266
[経営][経済][ユニクロ][ファッション][企業][ビジネス][生活]元々ユニクロって中年層向けの着やすいカジュアルの位置付けだったしそんな仕立て、パターンだった筈なのが、いつの間にか物凄く窮屈な仕立てになっていっただけかと

この問題って結構古くて新しいというか、実のところ10年以上前から宿痾のように抱え続けてきた問題なんですよね。
実のところ、ユニクロというアパレルが一気にのし上がった最大の理由って、中年層にとって従来中途半端にカネがかかっていたカジュアルウェアに対して、かなり満足できる金額で着心地の良いプロダクトを提供していたことなんだと思う次第なんですね。なんでこんな話をするかというと、我が家にユニクロ(当時は店舗も少なかったから、クルマで1時間程度先まで行ってた記憶がある)が入りはじめたのがそれだから。
うちの両親は共に団塊の世代で今となってはリタイアメントした年齢です。ただ、当時は中年層の後半といった状況で且つバブルも弾けて久しい中でそれなりの縫製で着心地が良くて、年齢相応の見た目(イコール若者層にとっては「ジジババむさい」シロモノだった)のプロダクトでそりゃ手を出すよって感じなわけです。
ジジババちっくな服装が(当時から)スキだったアテクシも当然ユニクロで育った世代(多分世間一般で言えば第ゼロ世代なんだと自認している)なんですか、何時からか買うことがほぼ無くなってしまった。

理由は簡単です。いつの間にか、中高年が着るにはタイトで若者に媚びたシロモノになってしまったからです。

多分分水嶺はフリースの大ブームなんでしょうけども、一気に若い世代向けにも売れるようになってユニクロ内部のパターンナーも代替わりしたりして、袖丈や袖周り、全般的に造りが非常にタイトな造りになってしまった。悲しいかな、超特大級のアメリカンデブであるアテクシにはとてもじゃないけど着れないものです。同時に中高年にとってもそんな窮屈なものを「カジュアル」即ち休日着として着るか? というとそんなわけないです。だって、ゴルフ行ったときに肩口が窮屈なんてぶっちゃけ拷問でしょう。

別にワタシやうちの家族、中高年に限った話じゃなくて、ユニクロのシャツなんか技術者連中のそれなりフォーマルとして機能していたわけだけど(作業着の下に着る感じね)身の回りで着る連中はどんどん減っていきました。大体2000年前半と2010年台に入ってからの比較で行くと十分の一じゃ効かないくらいだと思う。それほどまでにかつては猖獗を極めていたユニクロがどこかへ消えていってしまった。

一方で若い世代はというと同じような推移なんですよね。海外から所謂「ファストファッション」が本格的に進出してくると、ぶっちゃけそっちに流れるわけです。若者からすればユニクロって中途半端なんですよ。源流が中高年向けでなんだかんだでデザインコンセプトが古臭いんです。そりゃ微妙な状況になる。

この記事そのものは休日日数が揃ってないとか突っ込みどころはあるんだけど、先行きで言えば正直かなり厳しいと言わざるを得ないでしょう。相当にドラスティックにパターンを変えていかないと恐らく消えることになると思います。

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