伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

旅は自由席(宮脇俊三/新潮文庫)

学生時代は無闇矢鱈と本を読んでいて、図書館で借りては読み、古書店で買い漁っては読み、新刊本を買っては読みと若干正気を疑うような読み方であった。 まあ、この乱読がいまの自分を形成していると思えば、そういう時代もあるのだろうと思うのだが。

本書はエッセイに若干の紀行が混ざった内容で、まさに「肩ひじ張らず読める本」といった趣向。とはいえ、この年この経験この乱読をしているからこそ、ハッとするものもあったりするから面白い。

例えば「白と黒の世界」という一編の中で触れられている「黒」すなわち「闇」については、岡山に赴任して初めて身近に接したもので、たぶん生まれてずっと東京に住んでいた学生時代にはあまり深く理解できないものだったに違いない。また、著者の両親、とりわけ父親とのエピソードを書いた数編も、一度親元を離れて暮らした我が身にとって何とも感じ入るところがあるものになっている。

年を重ねることで失うものが沢山あり気が滅入ること頻りではあるが、それでも年月を重ねこのように改めて新たな感慨をもつという体験に、つくづく読書という趣味をもっていることに僅かながら幸せを感じる瞬間である。筆者のように旅行することもなかなかままならないし、移動も自動車ばかりになってしまったが、それでもたまには列車に乗って旅をしたいという気分にひたらせてくれる、そんな一冊だ。

中国火車旅行(宮脇俊三/角川文庫)

80年代のまだまだ改革開放が道半ばだった時代の鉄道紀行。当然まだまだ共産圏らしさが色濃く残っている時代で、国営旅行社のガイドが付きまとうなど時代を感じさせる一冊だ。中国の鉄道というと、2011年にあった温州市の衝突事故もあってあまり良いイメージが無かったのだが、80年代の中国国鉄で保線が良かったという描写が頻繁に出てくるあたりがちょっと意外であった。

ところで、中国国鉄に東方紅3型なるディーゼル機関車があって、もう今では地方や専用線にしか走っていないそうな。名前がいろんな意味でいいのぉ(謎)。さらに東風4型なるディーゼル機関車は今でも現役だそうな。その筋の人にはたまらんですのお(さらに謎)。

それにしても、全日空の成田―大連―北京線の第一便(それもトライスター!)に乗るとかとかく時代を感じさせる。そのうち「ジャンボ機」という表現もそういうことになるのかもしれない(737はいまだに現役だけど。ただ、ここで書かれている737は今飛んでいるやつよりもひと世代昔のやつだろう)。

あと宮脇さんの紀行文はとかく食い物の描写が簡潔なのだけども、物凄く食欲を刺激させるというのが凄い。夕食を摂った後で腹いっぱいの筈なのに食欲を刺激させるとか。 特に北京ダックの描写は「チクショー」と叫びたくなるほど。

鉄道に興味のある人以外にも、共産圏の「空気」を感じたい人にも是非。 列車に乗ってどこか旅に出たくなる一冊だ。

全線開通版・線路のない時刻表(宮脇俊三/講談社文庫)

鉄道趣味というものはとてつもなく幅広く、いわゆる「鉄道マニア」というクラスタに所属していても、全容を把握するのは困難であったりする。その鉄道趣味の中でも比較的一般人にわかりやすく、その魅力を紀行文に仕上げていたのが宮脇俊三さんだ。本書はそんな著者の手による80年代国鉄末期の「未成線」探訪記とその後第三セクターとして開業した路線のルポルタージュだ。

三陸鉄道のくだりは本書に書かれた当時は大変に快調だったのだが、その後を知っている身にはなんともやるせないし、第三セクターとして開業した各社の苦境を知っていると、この本が出た当時の明るさが若干皮肉に感じなくもない(それでも北越急行線や智頭急行線の好成績と努力や、三陸鉄道の苦闘は特筆すべきであるとおもうが)。

それでも、もともと未成線だった当時の遣る瀬無さや口惜しさに比べれば、まだマシなのだろうななどと思ってしまう。

鉄道を趣味とすることのできる国に居るという幸せと、それと同時に鉄道というものが地域社会にとってどれほど大事なものかということを知る為に、一度は読んで欲しい一冊だ。

時刻表2万キロ(宮脇俊三/角川文庫)

昔々、日本国有鉄道ーー通称国鉄という公共企業体があった。今のJR各社の前身なわけだが、今では考えられないようなローカル線を(主に政治的な要素をはらんで)多数抱えて、経営が傾き今に至るわけだ(このあたり諸説あるがとりあえずはこんな理解で十分だとは思う)。正直、こんな前置きが一般的に必要な時代にの流れに無常さを感じざるを得ないし、逆に歴史的パースペクティブで考えるならばつい最近の出来事に感じてしまうというギャップが何とも面白いところではあるが。

閑話休題、本書の話だ。

まずは出てくる線区が軒並み「今は亡き」なところに感涙ひとしお。特に北海道のローカル線なんか、殆ど廃線の憂き目にあってるしなあ。夕張や筑豊の炭鉱もこれまた今じゃ歴史の領域だ。

夕張のその後は本作よりもさらに苦難の道のりであることを知っているとどうしたって暗澹たる気持ちになってしまうし、そもそも夜行列車がこんなにバカスカ走っていたことが今じゃ信じられないレベルだったりする。

ぼくにとって身近な路線でいえば、鶴見線こそ支線群も含めて今でも健在(でも構内引込線輸送は減ったみたい)だけども、寒川線の西寒川支線は残念ながら廃線となって、今は遊歩道になってしまっている。

ただ、それでもちょっとお偉いサン(何せ中央公論社(こちらもある意味「今は亡き、だ」)の役員だ)の汽車旅趣味をのぞき見るという点、昭和の国鉄斜陽期の少し前を知るという意味ではものすごく意義深い本だ。

シベリア鉄道9400キロ(宮脇俊三/角川文庫)

宮脇さんの鉄道紀行は読むと妙に腹がへる。

以前に読んだインド鉄道紀行(角川文庫)も食い物の話があっさりとしか書いてないのに、出てくるカレーといいポタージュスープといい妙に旨そうに見えてくるのが不思議である。本書に出てくる食べ物も実際に食べたらおそらくそれほど美味しくないのだろうけども(ライ麦パンにソ連時代の食べ物っすよ)不思議と魅力的に見えてくる。鉄道紀行の魅力に加えて、食べ物に対する不思議な魅力が宮脇紀行文の魔力なのかもしれない。

本書で描かれているシベリア鉄道はまだソ連があったころ(昭和57年)でこれから徐々に斜陽に向かっていく時代だから、なんとなく想像の中のソ連とマッチする所が多くて中々面白い。「鉄」じゃなくてもソ連・ロシア好きクラスタにもオススメできる一冊だ。