伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

本日の更新(2016/10/04)

Q:アルフレッド・ノーベルが競馬好きだったら?
A:どこかの国のホースレースにノーベル賞が出来る

伊達要一です。

今日一日試したんですが、結構落ち着きますね。夜になると焚き火の音が出せたりとかそれっぽい感じで、それでいて今のところは不自然さをあんまり感じないです。

我が家が大きな通りに面していることもあって結構余計な音が耳に入ってくるので、かなりいいソフトだと思います。


ノーベル医学生理学賞周りの話で、日本の基礎研究に投下される研究費が云々という話がTwitter上で盛り上がっていたので。
基礎研究といってもどのくらいのスパンでマネタイズ出来るのかによって主体が異なるわけで、そこらへんは切り分けないと難しい議論かと思います。

ごく個人的に言わせて貰えば研究+実用化を頑張って2050年くらいにマネタイズ出来そうなスパンの研究は民間サイドも入り込んでやった方が、ある種技術に対する目利きと唾つけという意味では非常に色々といいのかなと思ったりします。いわゆる基礎研究と言われているもののうち、かなりの部分は(別に自前で研究所を持たなくてもいいけど)事業に関わりそうな技術に細かくカネをかけていくようなイメージです。
バブル崩壊以来、日本の企業って良くも悪くもも選択と集中を進めて(進めざるを得なくて)その結果として各企業で持っていたような基礎研究系のラボなんかが片っ端から潰れて、大学とかに投げるようになってきました。さらに「スペシャリスト」がどうのこうの言ってこちらも良くも悪くも色んなところに転勤させる式のやり方をやめて、入社時の背番号が(その企業にいる限り)一生ついてまわる式のところが傾向として増えてきているわけで(コレ自体は商社なんかは昔からそうだと言われればそうなんだけど)。

その結果として、選択と集中に失敗したようなところ(シャープなんかが典型例)が潰れそうになったりしてるわけなんですよね。別にシャープは結果的に潰れてないけど、選択と集中をやった結果として集中分野でどうにもならなくなりましたというケースが最近散見されるなという気分は持っていたりするわけでして。そういった意味で、次の商売のネタを仕込むという意味でも上述くらいのスパンの研究は事業に関わりそうなところに小張りしつつ見ていくのが吉かと思っています。

で、そういったカネ周りのところをマネジメントするのは研究者じゃなくて専門のエージェントがやればいい話だと思うんですよね。ある種の山師というか、ベンチャー立ち上げ屋というか、資金受け入れのドンガラとバックオフィスをある程度共通化して、カネを集めて大学側に委託するようなイメージで。当然、研究の内容がわからないと話にならないわけでそれなりの教育を受けた研究者を大学サイドとのブローカーにして、ゼニを引っ張る算段は山師側で立てるような感じです。VC+バックオフィスのアウトソーシング先のような感じでしょうか。

これをやるのに厄介なのが大学をまたがると色々と難しい面があるので大学単位で持つようなかたちになるわけなんですが、大学のそういった事務方って往々にして色々とアレでナニだったりするというのはTwitterを眺めていると散見されるわけで、現実的にまともに機能しているところは数少ないというのが悲しい話でありまして。
SoftEtherの登さんを一つのグッドケースとして考えるといいかも。ある種筑波大学という特殊性とコンピュータ技術という特殊性があって、非常にやりやすかった(マネタイズしやすかった)という面はあれど、あれはうまいやり方ではあるわけで。あれは基礎研究ではないけど、ああいった形でうまいことマネタイズすることはやれそうではあると思っています)




物凄くゲスで下世話な話だけど、経歴を見てて東大に残らずに移籍したという印象がまず先に来てしまいました。色々事情はあるんでしょうけど(当時の東大よりもそっちの方が環境が良かったのかもしれないし)。
毎日の記事の質問は非常に巧い質問で、駆り出された社会部とかじゃなくておそらく文化部の連中が投げたんじゃないかと思うけど、どこの社なんでしょうね。全部毎日だったらそれはそれで笑えますが。


もしかしたらノーベル賞よりも個人的にはビックニュースだったかもしれない。
現状DM100を愛用してますけど、筐体の剛性が上がって電池のもちをこれまで以上に気にしなくてもよくなってその上アウトライン編集が出来るようになるなら買い換える価値は十分にあります。
機動性に関しては重量が200gくらい増しになって若干難がありますけど、それでも非常に欲しいです。物書き向けと言われればそれまでだけど、普通のビジネスマンでも十分便利だと思います。


ま、チラシの裏ってことで。


引用元のツイートではかなりエグい書き方をされていたので、敢えてここでは書かないですけどNHKで紹介するときは色々と困るだろうな、などと。




先日言ってきたマツダBe a driver. Experience at FUJI SPEEDWAYの写真を整理しているんですが、連写とかを使って撮るとまあ枚数が嵩むんですよね。そしてそれを整理しないといけないわけでして。巧いワークフローがあればご教示頂きたいです。
それにしても、昔のプロカメラマンはフィルムの入れ替えとかも含めて、本当に何台も持ち歩かなきゃいけなかったんだろうなぁと物凄く遠い目をしたくなります。


たぶん先行研究はあるだろうね。たぶん。面白い指標だしもっとガチガチに追っかけたいけど余裕がない。


上ふたつは読んでいるんですが、日経産業新聞はさすがに読んでないです。とにかく上ふたつが名前が似ててたまにどっちがどっちかわからなくなります。なにげに鉄鋼業界や非鉄業界のひとには同意してもらえないかと思うわけですが如何でしょう。




以前、ちょっと縁のある方が広島大学にお世話になっていてなんでまたそんなところにと思ったけど、実のところあそこは単純にいわゆる地方国立大学として扱うには色々と難しい格があることを知ってびっくりした次第です。

よく、地方の国立大学は「駅弁」などと揶揄されるんですが、それぞれ源流を辿っていくとその中でも非常に格が異なっていたりします。
広島大学の格が別格に高いって書いたんですけど、あそこの源流は広島文理科大学という官立の旧制大学なんです。他の源流には申し訳ないけど、立ち位置としてはそうなってしまうわけで。
多くの新制大学が「駅弁」と揶揄されるには理由があって、多くは大宅壮一(が言ったとされる)の発言があるものの大概のところはいわゆる「専門学校」(旧制、現在の専門学校とはまた立ち位置が異なり明確に高等教育機関とされていた)や「高等師範学校」(旧制の中等教育機関の先生を養成する学校。こちらも高等教育機関扱いだった)、場合によっては「師範学校」(旧制の初等教育機関の先生を養成する学校。こちらは中等教育機関見合いとされていた)なんかが統合して大学に成った面が強くて、要するに「旧制専門学校の寄せ集め」的な目で見られていたのも大きいわけです。
そういった意味で、もともと大学だったところに補完的に専門学校が統合されたようなところ(他では東京教育大学(廃止されて現在は殆どが現在の筑波大学となっている)や金沢大学(旧制医大+高等師範学校旧制専門学校)なんかがある)なわけです。