伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

Papa told me(榛野なな恵/YYコミックス)


「日常系」という言葉がマンガ評論の中で用いられて久しい。その嚆矢としては「あずまんが大王」だったり最近で言えば「ゆるゆり」なんかがそうだ。例示する作品が偏っている気がするが、まあ気にしないでおこう。
ただ「日常系」というタームが用いられる前にもこのような作品は数多く存在する。例えば「究極超人あ~る」なんかは、ある種80年代の「げんしけん」のような、オタク高校生の日常を描いたものであるし、それつながりで言えば一本木蛮がウェブ上で連載している「同人少女JB」なんかもある種の「日常系」と言えるだろう。かように、実の所評論のコンテクストで用いられる「日常系」というのは多分に恣意性があって、本当はマンガの中でもこの種の作品はメインストリームのひとつなのではないかとぼくは思っていたりする。
そんな広義な「日常系」の作品として、今日は本書を取り上げたい。
父と娘の二人の「日常」を中心にストーリーが進んでいく本書は、そこに何一つ前進するべき物語は無い。ただ「日常」を切り取った出来事が連作の形で表現されているだけだ。むろん、比較的年齢層が高い女性向けということもあって、その背景にあるものは意外とドロドロとしている。作家の父親は人妻に惚れてある種寝とるような結婚をしていたり、明らかに女遊びをしまくっているだろうって作家が出てきたり。ただ、ちょっと書き方を間違えば吐き気を催すこの種の題材をここまで「おとぎ話」チックに書き上げてしまう筆者の筆力はさすがと言わざるを得ない。
ぼくのようなゲスな人間には、なかなか直視するのが辛いマンガである。正直睡眠薬と抗鬱剤でふわふわした気分、スローなフレンチポップスでも聞きながらでも無ければちょっと読めない。そして読んだら読んだで、薬の効果が切れたあたりで自らのゲスな内面に嫌気がさしてしまう。正直「日常系」と言うには別の観点でハードルが高いとぼくは思う。
だが、ここで描かれている「日常」は実はけっこうヘヴィであったりもする。ことに、庭付き一戸建てを郊外に持った父親が、その重さから自分の選択を後悔するエピソードなんて読んだ日には「所帯なんざ持ちたくない」と痛烈に感じてしまったものだ。
「日常」というのは「日常系」で描かれるほど奇麗でも美しくも無い。ドドメ色か良くて灰色にのっぺりを塗り込めたようなシロモノだ。だが、それをある種の「日常系」として描いたものがあるということを知る意味でも本作は読む価値がある作品だと思う。