伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

昭和金融恐慌史(高橋亀吉・森垣淑/講談社学術文庫)

歴史というものを学ぶ意味は如何なるところにあるのだろうか? それは過去に起きた事象から得た教訓を現在に活かすということが大きい。なんとなれば、これこそが人間を人間たらしめる叡智と言ってもよいだろう。なにやら近年の不勉強な輩は「今だけ見ていればいい」式のことを曰っているのを目にするが、甚だ不見識と云っていいだろう。このような輩にインテリゲンチャを名乗る資格はない。
さて、本書は昭和初期に発生した「金融恐慌」を題材にした専門的歴史書である。遠因である第一次世界大戦の反動不況や銀行制度の前近代性から論じ、直接の引き金となった片岡蔵相の失言、そしてモラトリアムによる恐慌の鎮圧まで極めて詳細に書かれている。純粋にこの時代にあった出来事の一つとして知りたいのであるならば、正直過分なほどだ。だが、歴史から教訓を学ぶというのであれば話は別だ。
本書から学び取れる教訓のうち最大のものは解説で鈴木正俊氏がキンドルバーガーを引いて述べている次のようなことだ。「恐慌は最後の貸し手が不在の時に起る」。本書の中で詳述されているので詳しくは立ち入らないが、この時代の日銀は中央銀行の機能の一つ、「最後の貸し手(lender of last resort)」としての役目を十分に果たしているとは言えなかったのである。そしてその結果として金融恐慌という最悪の事態を迎えた。そしてモラトリアムの後、金融恐慌は収拾された。これは結局として政府・日銀が「最後の貸し手」として金融システムの維持を担保したことによるものである。
本書を読むことで得られる教訓はこれだけではない。この金融恐慌の遠因として、極めて投機的な商取引が存在している。どうやら、近々本書の教訓が役立ちそうなときが来そうではないだろうか。なにやら、兜町方面は時ならぬ株式相場の盛り上がりで随分と怪気炎を上げている向きがあるそうだ。少なくともぼくたちは本書のような「歴史」を学ぶことで、恐慌という最悪の事態を迎えないように備えねばなるまい。
はしがき
 
第一部 昭和二年金融恐慌の基因
第一章 金融恐慌の基因としての銀行制度の前近代性
 第一節 銀行制度の欠陥--前近代性
 第二節 銀行制度の前近代的特質形成の経緯
 第三節 機関銀行の発生・拡大
 第四節 その他の前近代的特異体質
 第五節 政府の銀行改善施策
 
第二章 昭和二年金融恐慌の基因の累積
 第一節 大戦中のわが国経済規模の飛躍的拡大
  (一) 大戦によるわが国経済の異常発達
  (二) 経済規模の急膨張と銀行の態度にみられる問題点
 第二節 大正九年の財界大反動
  (一) 大正八~九年の思惑投機
  (二) 大正八~九年の熱狂的投機と銀行の加担
  (三) 大正九年反動の来襲
 第三節 大正九年反動の善後措置
  (一) 反動の性格の誤認
  (二) 善後措置の実情と性格
  (三) 安易な救済措置のもたらした弊害
 
第三章 関東大震災以降の財界の打撃の累積
 第一節 関東大震災の打撃とその善後措置
  (一) 大震災による打撃とその救済措置
  (二) 震災善後措置の実情
 第二節 円為替の暴落、暴騰による新打撃
  (一) 震災後の円為替の暴落
  (二) 十四~十五年の円為替投機化と急騰
  (三) 円為替の急騰と財界の再悪化
 
第四章 休戦九年反動以降の企業、銀行の打撃の累加
 第一節 休戦以降の財界打撃の累加
 第二節 企業欠損の累増と銀行の不良貸出の累積
 第三節 破綻銀行に露呈された企業-銀行の高度な癒着関係
  (一) 台湾銀行鈴木商店との癒着関係
  (二) 十五銀行と松方系会社との癒着関係
  (三) その他の若干の事例
 
第二部 昭和二年金融恐慌の誘因と推移
第一章 昭和金融恐慌の誘発
 第一節 昭和金融直前の情勢
  (一) 金融恐慌直前の経済的行詰り
  (二) 円為替相場の激動と財界疲弊の激化
 第二節 金解禁断行決意の準備工作とその影響
  (一) 片岡蔵相の金解禁準備工作
  (二) 金解禁論の問題点
 第三節 震災手形処理問題
  (一) 震災手形処理状況
  (二) 震災手形処理法の概要
  (三) 震災手形処理法案の審議過程における実情の暴露
 
第二章 昭和金融恐慌の勃発と経過
 第一節 金融恐慌勃発とその通観
 第二節 金融恐慌の第一波
 第三節 金融恐慌の第二波
  (一) 台湾銀行の鈴木絶縁
  (二) 枢密院の緊急勅令否決
 第四節 金融恐慌の第三波
  (一) 台銀、近江、十五銀行の休業
  (二) 全国的な銀行取付の発生
 
第三章 昭和金融恐慌の善後処置
 第一節 政府の救済措置
  (一) 事前の予防措置と第一次の緊急措置
  (二) 本格的恐慌収拾対策の発動
  (三) 日銀特融および損失補償法
  (四) 両特融救済法の実施とその結果
  (五) 政府措置に対応する日銀・市中銀行の対策
 第二節 休業銀行の整理
  (一) 休業銀行に対する措置
  (二) 整理上の問題点
  (三) 昭和銀行の設立による吸収整理
  (四) 台湾銀行の整理
  (五) 十五銀行の整理
 
第三部 昭和金融恐慌のわが国経済に及ぼした影響とその歴史的意義
第一章 金融構造および金融市場に及ぼした影響
 第一節 金融の変態的一大緩慢化
  (一) 恐慌鎮静後の金融の推移
  (二) 異常の低金利時代の出現とその理由
 第二節 預金の流れの変化と大銀行集中の急進展
  (一) 預金の普銀から郵便貯金金銭信託への流出
  (二) 大銀行の地位の飛躍的向上
  (三) 資金の大都市集中
 第三節 恐慌後の金融変容のもたらした問題点
  (一) 日銀の金融統制力の減退
  (二) 金融緩慢化の中小企業の金融難
  (三) 金融界からの金解禁即時断行論の擡頭
 第四節 昭和金融恐慌の経済界に与えた打撃とその特質
  (一) 産業界に与えた打撃
  (二) 証券、商品両市場に与えた打撃
  (三) 昭和金融恐慌の特質
 
第二章 昭和金融恐慌の真因とその歴史的意義
 第一節 金融恐慌は不可避であったか
  (一) 直接因とその対策批判
  (二) 金融恐慌の真因とその不可避性
 第二節 昭和二年金融恐慌の歴史的意義
  (一) 銀行制度改善の促進
  (二) 大財閥支配体制の確立
 
付属資料
  (1) 昭和金融恐慌関係主要日誌
  (2) 昭和金融恐慌関係重要法令
解説 昭和金融恐慌と平成不況の類似点 鈴木正俊