伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

工学の歴史 機械工学を中心に(三輪修三/ちくま学芸文庫)


ぼくらの身近のものは当たり前の話だけど一定の法則があって成り立っている。小は機械式の時計だったり大きなもので言えば電気を生み出す発電所だったりする。さらに言えばそれらを生み出す加工用の機械だってそうだ。これらは「工学」という学問分野によって研究されていたり開発されていたり、そして新たな製品が生み出されている。
本書はそんな工学の歴史について通史として述べた一冊だ。古くは四大文明の時代から、もちろん原始的なものだけどこういった工学的なものがあってその歴史の中に今の製品や技術があるというパースペクティブは、大きな歴史の中に自らを置くことができるものだ。
こういった技術そのものから若干外れた研究というのは、とかく斯界の中では一段低く見られる傾向がある。なんとなれば、研究の世界で業績を出せない連中が喰う為にやるという見方をされてしまいがちだ。だけども、こういった大きな流れが前提として今があるということは技術者のみならず一般のひとたちも身に着けるべきだと思う。言い換えれば教養の一つというべきだろうか。
若干愚痴交じりの物言いになるけども、技術者のひとたちはこの手の教養に対する意識が低すぎるとぼくは思っている。それは先述したように技術そのものから若干外れた世界に対して本筋ではないという考え方もそうだし、モノを実際に作る中でもこういった教養が無いが故に、意味不明な失敗作が多数生み出されていることを見ても言えると思う。
一方で一般のひとたちも同様だ。身の回りにある製品や技術に対してどれほど興味を持って生活しているだろうか? 技術というものが半ば所与のものとしてその恩恵を享受しているけども、その仕組みや働きを全く理解せずに使っているということにどこかしら気持ち悪さを持たないんだろうか? ぼくはそういった態度に対して、不見識だと思うしある種無責任でもあるように思う。
本書はあくまでも入門書であり、大学の教養部(今はこんな言い方をしないけど)で扱われているような内容だ。必ずしも読み易いと言えるものでもないし、解説無しで読むには少し辛い内容であることは否定しない。ただ、本書で述べられているような大きな流れの中に今のぼくたちの生活があるということを感じるだけでも本書を読む価値はあると思う。
と、まあお堅い話はこのくらいにして。ぼく自身若干アウトサイダーなミリヲタとして、一時期造兵史に凝った時期があった。造兵史というのは銃や火器、火砲、車両についてどのような系譜――いわば兵器を開発する大きな歴史の流れについての学問だ。日本では個々の兵器について語る人は多いけども、造兵史という大きな流れについて触れた人はあまりに少なく、国会図書館に通い詰めていろんな資料を読んだ時期があった(我ながら暇人だと思うが、趣味なのだからしょうがない)。
こういったものを読んでいて一つぼくの中で確信を持って言えることがある。それは「兵器とは技術と必要の掛け算」であるということだ。つまり、兵器そのもののスペック(ある種「必要」の部分)だけ追っかけていてはその兵器の本質に迫ることができないということだ。技術という必然性であり制約があり、その中で必要に迫るというのが兵器開発の一つの本質だとぼくは今でも思っている。例えば、冶金技術の遅れが日本の兵器の一つの制約になっていたということを知らなければ、非常に一面的で偏った見方を日本軍の兵器に対してしまうことになる。
本書はそんな兵器の世界の技術についても触れられていてなかなか興味深かった。米軍のリバティ船の脆性破壊の話は事項としては知っていたけども、工学の分野でも一つの課題となっていて、それが30年も前の研究がブレイクスルーとなったなんてとっても面白い話じゃないか。また、零戦のフラッタ―対策が新幹線の台車――つまり高速鉄道の台車の技術につながっているという話も大変面白いものだ。ミリヲタの知識増強という意味でも本書はオススメできると思う。
繰り返しになるが決してお手軽な本ではない。ただ、本書を眺めて内容を追うことで少しでもこういった教養を身に着けることができるはずだ。確信をもってオススメしたい。

まえがき

1 古代の機械技術と技術学――紀元前5世紀から後9世紀ごろまで
 1.1 古代社会と技術文化の概要
 1.2 古代中国の機械技術と技術思想
 1.3 古代ギリシャ・ローマの機械技術と技術学
 1.4 イスラム世界の機械技術書

2 中世の機械技術と技術学(10-14世紀)
 2.1 中世社会と学術・技術文化の概要
 2.2 文化の華開く中国――宋代の技術と技術学(10-13世紀)
 2.3 中世ヨーロッパ――学術と技術の発展(12-14世紀)
 2.4 社会不安と軍事技術の発達(14,15世紀)――中世からルネサンス

3 ルネサンス期の機械技術と技術学(15,16世紀)――技術と科学の結合
 3.1 ルネサンス期の社会と学術・技術文化の概要
 3.2 軍事技術の隆盛――戦争に明け暮れるルネサンス
 3.3 ルネサンス期の技術学
 3.4 ルネサンス期の主な技術書

4 動力学の誕生と発展(17世紀)――ガリレオからニュートンまで
 4.1 17世紀のヨーロッパ社会
 4.2 技術の発展と近代科学の誕生
 4.3 動力学の誕生と発展

5 動力学の展開(18世紀)――解析力学の完成
 5.1 18世紀のヨーロッパ社会と学術文化の概要
 5.2 科学の研究機関――科学アカデミーの成立
 5.3 動力学の展開――「ニュートンの力学」から「ニュートン力学」へ

6 産業革命と近代エンジニア(18,19世紀)
 6.1 産業革命を引き起こしたもの
 6.2 動力革命、蒸気機関と動力水車の発展
 6.3 工作革命、精密工作を可能とした技術
 6.4 近代エンジニアと技術者団体の成立
 6.5 王政フランスの土木技術と技術学
 6.6 王政フランスの技術学校と技術エリート

7 ニコル・ポリテクニク――工学と工学教育の誕生
 7.1 フランス大革命とニコル・ポリテクニクの創立
 7.2 エコル・ポリテクニクの群像――工学の誕生
 7.3 エコル・ポリテクニクが残したもの

8 近代機械工学の夜明け
 8.1 鉄道と近代造船のインパクト――機械技術のテイクオフ
 8.2 黎明期の機械工学者たち

9 産業技術の発展と機械工学
 9.1 産業社会の出現
 9.2 機械文明の開花――アメリカ
 9.3 機械製図法と工業規格
 9.4 機械工学の教育と研究の進展

10 機械工学の専門分化と発展I――材料力学、機械力学
 10.1 材料力学の発展
 10.2 機械力学の発展

11 機械工学の専門分化と発展II――流体工学、熱工学
 11.1 流体工学の発展
 11.2 熱工学の発展

12 近代日本――機械工学の導入と定着
 12.1 江戸という時代――文化の高まり
 12.2 江戸時代の機械技術と機械学
 12.3 幕末・維新期の主な機械工学書
 12.4 洋式工学教育の開始――ヘンリー・ダイアーと工部省工学寮
 12.5 日本の機械工学の離陸
 12.6 日本の機械技術・機械工学の発展――研究所ブームと重工業時代

13 機械工学の現在と未来
 13.1 第二次大戦後の技術革新
 13.2 機械の先端技術と機械工学の現在
 13.3 技術を取り巻く社会環境の変化
 13.4 新時代のキー・ワード――「人間」
 13.5 未来に向かって

14 終章――工学史への招待
 14.1 まとめ――歴史にみる機械と機械工学の変遷
 14.2 技術と科学と工学と
 14.3 工学史への招待

機械技術史・機械工学史年表
参考文献
あとがき
事項索引
人名索引