伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

今日のはてブ(2017/01/18)(2)(2017/01/21追記)

お役所仕事と揶揄されるいわゆる役所の振る舞いですが、それ以上にお役所仕事な界隈を見てきた経験があるとコメントに困る今日この頃の伊達要一です。
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理念も無ければ品性も知性も無く、規範も無い小田原市

延々と続く不況によって地方自治体職員の質が結果的に向上してしまうという大変皮肉な状況のなか、古き「悪き」日本のお役所のような腐臭のする出来事に思わず顔を顰めてしまいます。そもそも、地方自治体職員は佐藤大輔*1虚栄の掟に書かれているように、不出来な連中を地元のコネで半ば押し込めるようなところだったわけです。まあ、80年代において自衛隊員の質が極端に悪くなっている*2のを見れば分かる通り、まあ要するに民間サイドにおいて人的資源を多く求める状況になればその程度の連中しか集まらないような職場というわけです。もちろん意識は高く業務に従事されている方々も多数存じてはいますが、全般状況を見ればそんな状況です。

そんなわけでいわゆる「お役所仕事」という言葉はある意味その時代を反映したような言葉であって、大変皮肉なことに冒頭述べた延々と続く不況により死語化しつつあるわけですが。

小田原市職員:「保護なめんな」ジャンパーで受給世帯訪問 - 毎日新聞

エンブレムがリヴァプールFCのものをそのまま持ってきてコレってあたり、もはや頭痛しかしてこない。

2017/01/18 10:29

上に述べたような役所の職員の程度というものの背景を知っているなかでこの事件を見て、最初の印象は「まあ、氷山の一角だわな」というものでした。所詮小田原市なんて神奈川県でも寂れて辺鄙な地域の役所、地方自治体職員なんてその程度で理念も無い連中がいるなぁと思っていたわけですが。

ところがこちらのツイートと当該ジャンパーのエンブレムを見て思わずギョッとしました。
www.asahi.com

エンブレムのもととなったのがリヴァプールFCのエンブレムで、恐らくはこの手のジャンパーを作る業者が出してきた見本から選んだ*3ものと思われますが、よりにもよってリヴァプールFCとは!

私自身この事件があって調べたことで始めて知ったんですが、あのエンブレム自体非常に重たい意味が多いんですよね。

リヴァプールFCのエンブレムには、アンフィールドのシャンクリー・ゲートの門飾りや、サポーターのアンセムともなっている"You'll never walk alone"の文字、リヴァプール市の象徴ともなっている鳥「ライヴァー・バード」(Liver Bird)などが用いられている。
ライヴァー・バードの左右にある炎は、サッカー史に残る惨事と言われる『ヘイゼルの悲劇』と『ヒルズボロの悲劇』への追悼の意を表している。また、ライヴァー・バードはリヴァプール市内のピア・ヘッドに位置するロイヤル・リヴァー・ビルディングの二つの時計台上部にある鳥をモチーフにしている。このライヴァー・バードはリヴァプールの船乗り達の守り神である。

リヴァプールFC - Wikipedia

実のところ当該エンブレムの細かいディティールはリヴァプールFCと微妙に異なっています。上に引用したシャンクリー・ゲートの門飾りに関してはパッと見は同じ感じですがトーチの炎の部分は明確に異なります。恐らくはジャンパーを製造する業者が「リヴァプールFC風」とするために勝手に変えて見本として提供しているのではと推測する次第ですが、正確なところはなんともですね。

部署内で勝手連的に作ったものとはいえリヴァプール市に根ざしたクラブチームのエンブレムを、このような出来の悪い地方公務員並の理念も無ければ品性も無いシロモノに用いるというのは、クラブチームはおろかリヴァプール市から抗議を受けてしかるべきものでしょう。今日現在小田原市のウェブサイトにはこの件については何も記載がありません。プレスリリースにも出ていませんね。記者会見や市長のコメントでは受給者への謝罪はありましたがこのあたりについて触れた報道は今のところ出てきていません。

本来役所は法に基づき業務を執行するものであって知的財産権を侵害するようなこんなジャンパーを作るようなことが業務ではないでしょう。百歩譲って「リヴァプールFC風」ということある種のパロディとして作成するのであれば、元ネタに対するリスペクトがあって然るべきであって、このエンブレムにはそういったものを見て取れません。有り体に言ってしまえばリヴァプールFCとそのサポーター、そしてリヴァプール市を愚弄しているとしか思えません。

正直に言えば、地方公務員に高い理念や品性、知性など期待しません。ただ、守るべき法という規範すら持ち合わせないのであればもはやそれは社会にとって有害でしょう。人事異動で別部署に所属している連中も含めて厳正に処分すべきですし、市長としてリヴァプールFCリヴァプール市に謝罪をすべきです。小田原市民もこんな「理念も無ければ品性も知性も無く、規範も無い」連中と思われたくなければ市当局に対して広範に抗議を行うべきです。


(2017/01/21 追記)
2017/01/20付でようやく正式なリリースが出たようです。

生活保護における不適切な行為についてのお詫び
このたび、本市の生活支援課職員が、不適切な表現が記されたジャンパーを着用し業務に従事していたことにより、生活保護を受ける方々のお気持ちを傷つけ、市民の皆さんとの信頼関係を大きく損ねてしまいました。担当職員らに厳重注意を行い、使用を全面的に禁止しましたが、市民のいのちや暮らしを守るべき市職員として配慮を欠いた不適切な行為であり、許されるものではありません。このことにつきまして、心よりお詫び申し上げます。

このジャンパーは、2007年当時窓口で職員が切りつけられる傷害事件や業務量の多さ、不正受給への対処など厳しい職務環境の中、生活支援業務にしっかりと取り組んでいこうとの強い意志を担当職員が共有するために、任意で作ったものと聞いています。
このたびの件の問題は、不正受給の可能性があたかもすべての保護受給者にあるかのような認識をもたれる不適切な表現が記されたジャンパーを製作し、生活保護受給者を含めた市民の前で着用していた事実、そして10年にわたってこのジャンパーが着用され続け、その行為に対する内部での見直しや異論が出てこなかったことにあると考えており、生活保護制度を利用する権利を抑制することにつながるのではないかという当たり前の感覚が欠如していたと言わざるを得ません。
そこで、このことの深い反省に立ち、生活支援の現場に携わる職員だけの問題とせず、組織全体として、市民一人ひとりに寄り添う職務を遂行するための意識付けを行うとともに、生活困窮者をとりまく諸問題の改善により一層取り組んでまいります。

現在、高齢化の進展と相俟って、生活保護が必要な方々が増え続ける状況の中、その背景や温床となっている格差社会、分断社会、貧困化にどう対処していくのか。行政の役割として、地域に雇用の場を確保し、経済活性化への取組を進め、支援が必要な方々をお互い様の気持ちで支え合い、経済格差が貧困の連鎖に繋がる現状を断ち切っていく。このような取組を進めていくことが、このたびの件に対するより本質的な対応にもなると考えています。

私たちは、数年来、将来都市像「市民の力で未来を拓く希望のまち」の実現に向け、市政の筆頭命題として「いのちを大切にする小田原」を掲げ、様々な取組を進めてきました。生活保護制度についても、適正な運用はもとより、受給者への自立支援、保護世帯の子どもたちへの学習支援なども含め、生活保護を受ける方々への様々な配慮や支援も進めてきています。
それゆえに、このたびの件により、生活保護制度への不寛容、さらには生活支援が必要な方々への不寛容さを小田原市が持っているとのイメージが全国に発信されてしまったことはまことに残念でなりませんが、この機会を、小田原市の進化の機会として受け止め、市民の皆さんと共に、喜びも苦労も分かち合いながら安心して暮らせるまちを目指してまいりますので、皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

小田原市長 加藤 憲一

小田原市 | 生活保護

「担当職員に厳重注意」とありますけど2007年当時に製作に関わった連中についてはどうなのか? とか、「窓口で職員が切りつけられる傷害事件」はまだしも「業務量の多さ」については要員配置がタコなだけだろうとか、ツッコミどころ満載ですがまずは最低ラインのステートメントを出してきたということですね。

現場での苦労はまあ想像に難くないわけですが、それによって得られた生活保護の適正化と要員の苦労が明らかに見合ってないと思うのは私だけでしょうかねぇ。タコな個別最適にしか見えないのだけども。

*1:この人もロクに原稿を書かないアレな作家ではありますが

*2:ちなみに海上自衛隊内のいわゆる「いじめ」とされる事件なんかは、帝国海軍時代の私的制裁の流れを汲むというよりも長期間の航海や環境の悪さによって不人気の海上自衛隊曹士が集まらず不出来な曹士を艦隊勤務に就けざるを得ないという悪循環もあったりする。ある意味で海上自衛隊に関しては80年代の状況が継続しているのかもしれない

*3:もしくはある程度海外サッカーを囓った本件当事部門所属者が選んだ可能性もあり

ルポ貧困大国アメリカII(堤未果/岩波新書)


前作でジャーナリストとして一躍有名になった著者の続編。アメリカにおける教育や社会保障、医療制度、治安問題について述べた一冊だ。
前作でも述べたが本作の論調は比較的左派的な見解が中心になるし、アメリカにおいてもメジャーな意見としては扱われていないというのが正直なところだ。ただ、ここで述べられていることは紛れもなく真実であるのは確かである。
学資ローンの問題は実の所本書が刊行された2010年当時よりも、もっと悪くなっているのが現状だし、社会保障や医療制度が事実上クソみたいなものになっているのも間違いない話だ。治安問題については、日本から見て単純比較できないところもあるので難しい所ではあるけど、事実のある一面をとらえているとは思う。
社会保障や医療制度の問題については、メジアン(=中流層……と呼べるひとたちもアメリカでは減っているのだが)ですら無保険状態で、ちょっとした病気で莫大な費用を支払わねばならないのは意外に思うかもしれない。だけどこいつは間違いなく事実なのだ。実際、ウォールストリートで働く連中(ヘタしたら上流層に含むべきじゃないかってレベルね)ですら、ちょっとした病気のためにバカらしくなるほどのお金を費やしている。そして子どもが居たら、もっとだ。本書で書かれているように、子どもに「まともな」教育を受けさせるために、こちらもアホほど金を払う必要がある。
言ってみれば、本来ナショナル・ミニマムとして負うべき部分が毀損しぼろぼろになってしまっているというわけだ。ただし、それをもたらしたのは本書で述べるような資本家たちの陰謀……だけではないのが厄介なところなのだ。これはティー・パーティのような頭痛が痛くなるような(これで何が言いたいか察してね)連中が、グラス・ルーツで形成されていることからもわかる。これらは一面としては陰謀論的ロビイング活動の結果でもあるけども、別個には構造的な問題でもあるし、有権者たちの問題でもあるのだ。
こういった点において本書は突っ込みが足りないと言わざるを得ない。事実を切り取るという点では本書は成功しているし非常に有益ではあるんだけど、その背景にあるものに対する視野が残念だけど狭すぎる。そういう意味では「左巻き」という悪評を甘んじて受けないといけないというところはある。
ただ、どうだろう。大部分の「左巻き」と批判する連中はここで描かれている「事実」を知っているんだろうか? おそらくそうではない。ヘタをしたら半径5メートルで人生が完結しているような人(これもお察しください、ね)だって居るわけだ。そういう狭い知識で狭い視野を批判するのは、愚者のゲームとしか形容できないと思う。
批判は批判としてすべき本だとは思う。ただ、ここで描かれている「事実の一面」を知ることはそれとして必要なことだとぼくは思うし、そのためだけに読む価値は充分ある本だと言っておこう。

プロローグ

第1章 公教育が借金地獄に変わる
 爆発した教師と学生たち/猛スピードで大学費用が膨れ上がる/広がる大学間格差/縮んでゆく奨学金、拡大する学資ローン/学資ローン制度の誕生とサリーメイ/数十億ドルの巨大市場と破綻する学生たち/消費者保護法から除外された学資ローン制度/ナイーブな学生たち/学資ローン業界に君臨するサリーメイ/子どもたちをねらう教育ビジネス/

第2章 崩壊する社会保障が高齢者と若者を襲う
 父親と息子が同時に転落する/企業年金の拡大/これがアメリカを蝕む深刻な病なのです/退職生活者からウォールマートの店員へ/増大する退職生活費、貯金できない高齢者たち/拡大する高齢者のカード破産/問題は選挙より先を見ない政治なのです/一番割を食っているのは自分たち若者だ/市場の自由と政治的自由

第3章 医療改革 vs. 医産複合体
 魔法の医療王国/オバマ・ケアへの期待/排除される単一支払皆保険制度派の声/公的保険を攻撃するハリー&ルイーズのCM/製薬業界のオバマ・ケア支持と広告費/医療保険業界と共和党による反オバマ・ケア・キャンペーン/無保険者に保険証を渡すだけでは医療現場がパンクする/プライマリケア医師の不足/You Sick, We Quick(病気の貴方に最速のサービスを)/これは金融業界救済に続く、税金を使った医療業界救済案だ/この国には二種類の奴隷がいる

第4章 刑務所という名の巨大労働市場
 借金づけの囚人たち/グローバル市場の一つとして花開く刑務所ビジネス/第三世界並みの低価格で国内アウトソーシングを!/ローリスク・ハイリターン――刑務所は夢の投資先/魔法の投資信託REIT/ホームレスが違法になる/アメリカの国民は恐怖にコントロールされている

エピローグ
あとがき

クルーグマン教授の経済入門(ポール=クルーグマン著、山形浩生訳/ちくま学芸文庫)


ノーベル経済学賞を受賞した経済学者による、経済学入門書。いわゆる教科書的な本とは一線を画し、新書本的な体裁で纏まっているものの、経済学の基本的な部分をしっかりと押さえた素晴らしいものだ(もっとも、原著はやたらと重々しいハードカバーなんだけどね)。
山形浩生さんの翻訳が非常に平易で読みやすく経済学入門者には是非おすすめしたい一冊……と言いたいところなのだが、ちくま学芸文庫版には最大にして最悪の欠陥がある。脚注が巻末に纏められてしまっているのだ。もともと本書はメディアワークスから単行本が出て(1998年)その後日経ビジネス人文庫に文庫落ち(2003年)したのだが、これらは脚注がページの中で完結していて大変読みやすかったのだ。ところが、ちくま学芸文庫に収録(2009年、今回紹介するのもこのエディションだ)された際に、何があったのかはわからないのだが脚注がすべて巻末に纏められてしまうことになったようだ。これは、初学者が読むにはちょっとどころじゃなくて不便だし、あまり好ましいことではない。正直これは筑摩書房の編集者の怠慢としか言いようが無い。
ただ、内容については先述の通り申し分ない素晴らしいものだ。新聞などで経済についてよく触れられるトピックについて、真っ当な経済学の観点から説明した本文(そして繰り返しになるけどもとってもくだけてるが読みやすく平易な翻訳)は経済学を勉強している人のみならず、社会人でも是非一度読んでほしいところだ。おそらく、新聞の経済記事がより一層わかりやすくなるだろう。
また、巻末の「日本がはまった罠」については、リフレ政策を現政権が提示している中で、その原理について知るには良い内容だろう。こちらについては、若干数式が出てくる分ちょっと難しいが、本書を読み通した読者であればなんとかなるレベルの内容だ。リフレ政策に賛成の立場に立つにせよ、反対の立場に立つにせよ、その理論の部分を知っておくのは損なことじゃない。ただし、著者は(というか訳者も)インフレターゲティング論賛成の立場として有名な人物であるので、そこを割り引いて読むべきではある。
今経済学を学んでいる学生さんをはじめ、経済というものが今一つよくわからないという社会人も是非一度手に取ってみて欲しい。もやもやした経済というものについて、骨太な知識が得られるはずだ。

格差社会 何が問題なのか(橘木俊詔/岩波新書)


京大で教鞭をとる著者による、日本の「格差」問題についてデータをもとに分析した一冊。
いわゆる「格差」問題というのは、どうしてもイデオロギー的な側面とやっかみを中心とした嫉妬がからみ冷静な分析というのがとても少ないのだが、本書はこれに対して極めて冷徹かつ丹念なデータ検証を行って述べており、読むべき報告になっている。
特に日本がすでに「低福祉・低負担」の「小さな国家」になっているという指摘は、読者によっては目からウロコもんだろう。また、格差の拡大が実際にどのような弊害をもたらすかという著者の意見は拝聴に値すると言える。
本書は「格差」に対して批判的な立場からの意見だ。そういう意味では割り引いて考える必要もあるだろう。ただ、根拠レスに「競争がすばらしい」と述べている連中よりはよっぽど信頼できるエビデンスを持ち出していることは特筆に値する。実際に格差は新自由主義的な政策によって「格差」は拡大しているし、その弊害も発生している。そして、肝心のセイフティ・ネットである「福祉」もますます縮小している。それが正しい状態なのか? それを議論するための入り口として最適な一冊だと思う。

ルポ貧困大国アメリカ(堤未果/岩波新書)


ジャーナリストとして活躍する著者による――というか本作が出世作だな――アメリカの貧困層を現場からとらえた一冊。
こと、ウェブ界隈では左巻きな論調をバカにしてかかる風潮があるし、恐らく本書で書かれているような内容はその範疇に入ってしまうだろう。実際、中南米からの不法移民なんかはとってもグレーな位置づけだし、貧困層の実体は結構自業自得と切り捨てられてもそうそう反論できない状態だったりするからだ。
ただ、本書が著者の出世作になっただけあって、そこに描かれている貧困層の現場を活写しているところはお見事。特にアメリカにおける医療費や教育周りの酷さは、実際向こうに住んで仕事をしている高給取りでもげんなりしているという話があるほどで、貧困層だけの問題と矮小化するのはあまり賢くは無い。
本書を読んでぞっとするのが、アメリカで起きている教育や医療、それに安全保障の分野がアフリカの失敗国家と相似しつつあるということだ。カラシニコフ松本仁一朝日文庫)で述べられている、国民の教育や安全保障にカネを使わず、権力闘争に終始する国家と世界の超大国に同じような姿が見えてしまうところは、正直恐怖を覚える。そして、それは日本にも部分的に当てはまりつつあるところだ。幸いにして、日本医師会・国民健康保険・厚生労働省というある種強烈極まりない鉄のトライアングルが形成されているが故に、医療問題はそうではないかな。安全保障の分野も防警察官僚それに内務系官僚の鉄の結束がとっても強いので、まだそれほどでもない。ただ、教育はいわゆる「底辺校」の問題があるし「生活保護バッシング」などを見ると、決して他人事とは言えない。
確かに書かれている内容は一部のひとたちからすれば、決して愉快なことではない。ぼく自身も若干鼻白むところがある。だけど、それだけで読むのをスルーするのは勿体ない。こんな風潮の中だからこそ、読むべき本質はあるしそこから得るべきものは沢山あるはずだ。