伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

富士そばの「精神的余裕」云々って教育コストをムダにしないための hedge だよね

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昨日投げた更新でちょっと長めに書いたニュースネタがありましたので、2018年01月のはてブ扱いとして別記事として抜粋(と一部追記)しておきたいと思います。

togetter.com
富士そば自体、良くも悪くも「中小企業らしい」色合いが濃い会社だと思っていて、個人的には手放しで称揚する気は無いんですが*1


ただ、この考え方自体「中小企業らしい」経験則として正しいんですよね。


ここ四半世紀以上労働市場の需給が緩んでいて、所謂「採用」*2に関しては、殆ど仕事をしなくても務まる部署だったわけです。従業員の年齢別在籍者数で歪みがあれば、該当する年代で人材紹介会社にオファーをかければほぼお終いなわけですから。それどころか、所謂「派遣」で済ませればもっと面倒が無いわけです。それほどまでに、要員獲得という面では苦労が無かった時代でした。

ただ本質的に「従業員をどの程度確保するか?」というのは、企業のリソース管理という意味では極めて重要だし非常に面倒な問題なわけです。なんとなれば、労働市場の需給が厳しくなる前からコンビニなどでは、そもそも募集をかけても人が集まらず結果的に海外からの留学生も含めて採用をしなければならないケースが散見されるように、「人集め」というのはかなりの労力とコストのかかるものなわけです。
飲食業自体、ある種コンビニと同じく従業員確保がかなり厳しい部類の業種で、しかも「立喰そば」という飲食業界における将来的なキャリア形成に必ずしもプラスに働かない形態である以上、需給に応じて極めて temporary な形で要員確保をする必要があるわけです。それでいて、ファストフードのような高度なマニュアル化による工程の硬直化が必ずしもプラスにならないという足かせもあり、店舗単位では比較的長期間勤務することが望まれる所謂「パートタイム従業員」をシフトあたり最低でも1名程度は確保しないといけないわけです。

余談ですけども、様々な企業のオペレーションにおいて「マニュアル」や「SOP」といった形で、定型化・ナレッジ化するという話は相当に昔から出ていますけども、これ自体限界があると思っています。一定の経験則を言語化して平準化するという点においては当然に必要であって、それそのものは否定しないけども、その先の部分というのは、マニュアルに起こせば起こすほど膨大かつ冗長なものに成り果てて、結果的にオペレーションの硬直化を招くことになる。具体的には仕入れや仕込みの「読み」だとか、個別顧客に対する細かい営業ですね。飲食業だと気候による工程や調理済在庫*3微調整なんてのも入ってくるでしょう。
例えば、コンビニなんかが典型ですけど、その地域の来店者の属性情報なんて、パートタイマーで十年、二十年単位で働いている主婦層に勝てるわけが無いんです。その地域コミュニティのなかで同じだけあるいはそれ以上の時間を過ごしているわけで、たかだか住所・氏名・年齢・職業・性別・年収程度の情報(笑)で統計を取った分析なんてゴミクズ以下ですよ。だって、極端な話をいえば、典型的な一日レベルであれば当人のアクティビティを把握しているし、場合によってはその家族のアクティビティすらある程度把握しているわけでして。ぶっちゃけコンビニ程度の商圏範囲であれば、主要顧客の動向を感覚レベルで認識したうえで仕入れやら仕込みなんかを「読んで」いるのがパートタイマーで長期間働いている主婦層なわけです。
さらに言えば、地域のイベントごとなんかも真っ先に情報を取れるのは、地域コミュニティに属している主婦層なわけです。いわゆる「主婦目線」ってのはそういうインテリジェンスを総体的に言ったものであって、たかだか店舗でのレジ打ち時点での年齢判別や会員カードの情報から拾ったデータなんかがまともに勝負出来るわけがない。

もちろん、そういった情報(笑)をもとに統計を取って分析した成果物はムダとは言いません。店舗単位じゃなくて、配送ルート単位や物流センター単位レベルで拾った場合、地域ごとの偏りというものが平準化されるからある程度有用ではあります。商品開発や集中購買という意味では非常に重要と言っても良い。ただ店舗レベルの現場ではほぼ無価値です。
飲食業や小売業といった、店舗所在地の状況によって動向を変えなければ成り立たないような、言ってみれば mass ではなくて community や Gemeinschaft 的なものを相手にする場合は、個々の店舗の個々の担当に対して大綱的な形で業務を遂行させなければならないし、従ってそれに見合った従業員を確保しなければ、未来を失うことになるでしょう。

閑話休題、上述した「パートタイム従業員」に関していえば、製造業や運輸業における「主任職」や「助役職」のような現業サイドの取り纏めとしての働きが求められるわけで、そこが数年レベルで流出するようでは、その間の教育コストはムダになるわけです。それどころか、より処遇の良い同業他社に転じられた日には敵に塩を送ることになる。temporary な要員にしたところで、一定の教育を施して業務遂行に耐えうるまでに仕立て上げなければオペレーションに支障がきたすわけで、当然教育コストはそれなりにかかります。こちらもそうそう簡単に流出されては困るわけです。

実際にTogetterでも書かれているけども、そういった教育コストをムダにしないためのオプション代みたいなもんなんですよね。いうなれば cost ではなくて hedge と考えた方が正確なわけです。
悲しいかな「中小企業らしい」面が悪い方向へ働いていて、日銭感覚の income/cost の関係でしか言語化できてなくて、「経営学」的なコンテクストにおいてのナレッジに出来ていない。「経営」も有る種アートではあるけども、そこにはある程度メソッドが存在するわけで、当然企業がその本質を保ちつつ永続的に発展するためには、それらのメソッドをどれだけ溜め込めるかなんですが。

今現在は良いんですよ。良くも悪くも創業者が全て握っているわけですから。その先ですよね。創業者が退いて、そういった経験則がナレッジになっていない状態で後継者が同じような動きを出来るかどうかというと、それこそ経験則的には怪しいと思うわけです。

*1:演歌の作詞だの歌手のポスターだのは、わかりやすいアレな例ですわな

*2:一般的な「人事部」が取り扱う業務は「人事:従業員等の処遇・異動等の執行」「勤労:勤怠管理及び労働安全衛生法等の規則に基づく健康管理の遂行」と「採用」がある。採用は読んで字の如く「従業員等の採用業務」を行うことになる。

*3:例えば、好きな天ぷらを選んでレジで会計するようなところなんかは、湿度が高い日は微妙に1バッチでの製造量を減らして、極力展示在庫が滞留しないようにしているのかもしれない