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伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

本日の更新(2017/04/19)

昨日の気力充実がウソのようなだらだらとした一日でした。


昨晩は気力の趣くままにだらだらとウェブを眺めていたら、あっという間に時計のてっぺんを過ぎ、25時半前に慌てて就寝。ゾルピデム*1の5mgとエバミールを服用。
そんな夜更かしモードのツケは今朝早速訪れて、8時過ぎ起床の寝坊です。

今日は全般に積極的に動く気力も無く、ただひたすらぼけっとしてましたね。ニュースネタも幾つか刺さるものはあったけど、はてブを書くまでには至らず。例によっての三日坊主モードであります。



今日の未明にアップした記事のセルクマです。
yohichidate.hatenablog.com
ある種、原理原則論というものに重きを置く立場としては、イノベーションのメリットは前提としてそれらに基づいた仕組みがあって始めて手取れるという考えで、様々な意味で問題を抱える流通業が単にICタグを商品につけたところでしわ寄せがあちこちにかかるだけのような気もします。



単純な思いつきレベルの話です。
極論として、軍事作戦というのは「必要なときに、必要なところに対して、必要なものを大量に投入する」という原理原則が実現すればそうそう酷いことにならないわけなんですが、様々な問題からそれが難しくなっているわけです。例えば人的資源を大量に投入する、すなわち人命を擦り減らすような戦い方というのは大抵の国において受け入れ難いものになっているし、大量投入しなければならない必要なもの――大は軍艦、航空機から小は糧秣、トイレットペーパーまでを常に保有し続けるというのもこれまた大抵の国において厳しいわけです。また、必要なところに投入するなかで不必要なところ(というか投入してはいけないところ)に投入されてしまうことも問題となってきています。所謂誤爆による民間人の被害とかそういったものですね。
こういった「困りごと」に対して、よりこまめに投入しやすい仕組みとしてインテリジェント化が実行されていくのは当然に理解出来るところではあります。

一方でシステム屋のお話です。こと日本では日経コンピュータの編集長だった木村岳志氏が毎度の如く罵倒しているように、とにかく個別最適を目指す傾向にあります。これそのものは相対する立場の方々がこれまた罵倒しているように一概に否定出来ない話である側面もあり評価し難い部分ではあるわけですが。

このインテリジェントな兵器を眺めてふと脳裏によぎり思いついたこととして、妙に日本のシステムに似ているような気がするんですよね。困りごとに対して個別に最適化するような雰囲気が、特に。

勿論、必要性は日本のシステム同様評価が難しいところがあって明言は避けるけども、なんというか妙な話だよなぁと思いました。



まぁ、カメラ屋ですから。

*1:マイスリーのゾロ薬

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