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伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

今日のはてブ(2016/11/05~2016/11/07)(5)

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腐ったリンゴは捨てるのではなくコンポストに放り込んで肥料にすべきでは無いでしょうか。なお我が家にはコンポストはありませんが。
伊達要一です。

Bad Apple.

「iPhone SE」の次期モデル、2017年3月までには発売されない見通し | gori.me(ゴリミー)

iPhone7ほどの儲けが出ないことから力を入れたくないんでしょうけど、需要はそれなり以上にありそうなんですけどね。

2016/11/07 11:06

Apple批判記事を立て続けに投げていますが、別に私はAppleが嫌いなわけではありません。別に信者というわけでもないのですが。

現に未だにiPhone4Sを使い続けて、iPod Classicを使い続けるあたり一応Appleユーザの端くれくらいには位置しているとは思っています。ついでに言えば、Mac自体もPOSIX互換機としては面白いと思っているし一度は購入を検討したことだってあります*1
まあ、世間並みよりはちょっとApple寄りな一般ユーザという立ち位置でしょうか。

iPod Classicは最初使い始めたときに本当に便利なデバイスだと思ったし、iPhone4Sも買ってすぐに「なるほどこれは流行るわけだ」と頷く程度には感動したものです。

両者に共通するのは「顧客が本当に求めること」を実現するところにあるんですね。
iPod Classicは「大量に持っている音楽データをポケットの中に詰め込んで持ち出して心地よいサウンドを楽しみたい」ということを実現したし、iPhoneはウェブに接続することを前提としたサービスをスマートにシームレスに操作したいということを実現したわけです。
だからこそ、今日のAppleの隆盛をもたらしたといえるわけで。
これはMacも同じです。

一方、最近Appleが出してくるプロダクトにはそういった「こと」が全くと言っていい程見えてこないんですよ。Appleの都合と利益が透けて見えるものばかり。iPodiPhone/iPadも、そしてMacも。

Apple Music周りのゴタゴタだとかAppleが何かおかしくなったと感じはじめましたが、今日に至りはっきりと見えてきた気がしますね。
今のAppleは所詮「こと」を提供しているわけじゃなくて、ただの銭ゲバです。西海岸から東海岸に彼らは変わってしまった。
さらにタチが悪いのは、東海岸の外面の行儀の良さが無く未だに西海岸に自分たちは居るという態度を取り続けているところです。

iPhoneがわかりやすいので何度でも書きますけど、iPhone6以降のデザインはユーザビリティを一切考慮していない。単にAndroid陣営のディスプレイサイズに商業的対抗をするがための安っぽい叩き合いに足を踏み入れてしまった。
「液晶のサイズ」だとか「CPUのスペック」といった可視化しやすいメリットは、そりゃ開発的にはラクですよ。それを要件に入れれば良いだけですから。でもそこにはユーザビリティという可視化しにくい点は含まれていないわけです。結果として片手で操作可能なスマートさは失われ、ポケットのなかでかさばる邪魔くさいシロモノに堕してしまった。

繰り返しになりますが、今現在「顧客が本当に求めていること」はウェブに接続することを前提としたサービスをスマートにシームレスに操作したいということであり、「大量に持っている音楽データをポケットの中に詰め込んで持ち出して心地よいサウンドを楽しみたい」であり、「スマートに使えるPOSIX互換端末」であることなわけです。
iPhoneに限って言うならば、最適解の一つはiPhone4Sから5Sのサイズをベースにした端末の筈で、それがiPhone SEだった筈なんですね。
ところが、それは商業的理由――儲けが出しにくいから更新せず立ち腐れにしようとする。やっていることが昔のMicrosoft以下ですよ。

多くのファンには気の毒なことですが、林檎は既に腐ってしまった。
腐ったリンゴは市場から取り除くより他無いでしょう。それを選ぶのは我々しか無い。

*1:結局はPanasonicのCF-RZ4を買ったけど