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伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

今日のはてブ(2016/10/22~2016/10/28)(1)

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今回からちょっとスタイルを変えてみたいと思います。

今まで多くのはてブの内容を1つの記事にまとめていたのですが、方向性の違う記事が同居することによる座りの悪さがあまりに酷いのと、カテゴリの管理が厄介という問題がつきまとってました。

というわけで試験的に今回は1つのはてブにつき1つの記事というスタイルにしてみたいと思います。土曜日に大量の更新が立て続けに流れる形になりますが、ご容赦頂ければと思います。

「社会的降格」の概念の重要性とそれが政策パッケージに中々結びつかないもどかしさ

日本の貧困は「降格する貧困」に近づいている。セルジュ・ポーガム『貧困の基本形態』講演から。 - HIROKIM BLOG

最初単純に「烙印」と訳せば良いんじゃないの? と思ったけどそうでもない感じ。降格というよりも侵食してくるようなイメージに近いのだろうか。

2016/10/24 20:49

後から見れば見るほどこのはてブコメントって外してますね。ダメダメですわ。

まず、ポーガム教授の「disqualification sociale」を「社会的降格」と翻訳すると今一つ分かりにくいんですよね。単純に翻訳にブチ込むと「失格」なんですが、平たく言えば「社会からの脱落」だと思ったんですね。ただ、定義の内容を見ると確かに「降格」の方が適切なんでしょう。

援助を受ける人たちは社会の外ではなく中にいる存在である。社会の中にいながらある特定の地位、他より価値が低い地位を与えられている。言うなれば社会における一番下の層、その層の存在について異常であり何とかしなくてはと社会全体が考えている層にいる存在である

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/serge.paugam

そもそも、この「社会的降格」について述べた論文を読んでないのでここで論ずることの出来る立場でも無いような気がするんですが、ここで述べている「貧者」が本当に社会の中にいる存在として議論すべきなのかどうなのか若干疑問を感じなくはないです。
ここで言う「社会」がどの程度の範囲を含めているのかは考えなければならないけども、権力に対する近さで言えば明らかに貧者ではない者と比較して遠い位置に存在しているのは確かです。さらに従来の社会の外として扱われがちであった下層民との相違点が今ひとつ見えにくいところがあるわけで。個人的な所感としては実質的に社会から追放・脱落させられたと見た方が実態に近いのではなかろうかと思う次第です。
ただ、ここでは「降格」という概念を一先ず正として進めていきます。

ちなみに社会的降格について述べた論文が出てるんですが在庫切れですね。

教授の3つの分類(「統合された貧困」「マージナルな貧困」「降格する貧困」)については若干微妙に思えるところがあります。実感としてはケースによってむしろ分類してレッテルを貼ることに危うさを感じるところがあります。
欧州での分類ではこうなったと言われればそれまでなんですが、例えば「統合された貧困」に該当するようなケースでも実際には「社会的降格」に近い立場が大多数というケース*1が現実に過去にも存在していたわけです。さらに言えば「マージナルな貧困」とされているようなケースでも貧困層は実態として「社会的降格」に近い立場に追いやられている状況が存在するのではないか。そんな疑問が残ります。

貧困がただ単純にカネが無い、モノが無いというような事象面の話に終始するものではなくて、社会の中の立ち位置がどうかという考え方は非常にアイ・オープナーなものではあると思います。
それを前提として、貧困というものを定義する中でこのような分類は必要だとは考えるのですが、それが政策パッケージに即結びつくような考え方なのか? ということでいくと非常に悩ましいところです。ここは論文を読んでみないとなんともなんですが、必ずしも「マージナルな貧困」に社会を近づけることが望ましいというわけではなさそうですし。

そういう意味で言うと結論の1)は諸手を挙げて賛同するのが難しいところです。

1)貧困の基本形態という分析枠組は様々な社会における貧困との関係を比較するのに役立つのではないか

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/serge.paugam

一方で、結論の2)は示唆的です。

2)日本は今のフランスやドイツに近いと言える。マージナルな貧困から降格する貧困への変化の途上にあるのではないか

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/serge.paugam

現実として高度経済成長期の日本というのが(少数者としての貧困層が「公的な社会保障システムが確立しており、貧困をなくし予防していくことが目指されている」状態にあったかと言われれば違和感を覚えますが)マージナルな貧困の状態であった乃至は近い状態であったことは否定しにくいと思います。そしてバブル崩壊後に「失業率が上昇し、なかなか仕事に就けない人が増えてくる。また一度仕事に就いても不安定な状況に置かれる人が増えてくる」状態に陥って降格する貧困になりつつ――というかなっているのもまた事実だと思います。
外から見て「変化の途上」と捉えられるというのが興味深くて、既に降格する貧困の状態に陥っているというのが実際に生活する立場としての実感に近いのですが、まだ変化の過程にあるように観測されるという理由が知りたいところです。

*1:開発独裁体制下の発展途上国にありがちかと