伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

本日の更新(2016/09/28)

昨日に引き続き、本好きの下克上の話題が中心です。
具体的な用語や筋立ては排除して論じているつもりなのでネタバレ扱いとはしませんが、まあ、要注意ということで。



転生チート作品(と一括りにするのも問題でしょうが)にまつわる議論として「どこまでチートをばら撒くか」という論点があると勝手に考えていたりします。
ある種の娯楽として考えるならば、やり過ぎなくらいに漫然とチートをばら撒いてやりたい放題するというのもアリなのですが、一方でかつて羅門祐人が青き波濤で提唱した「シム・シビライズ」という観点や佐藤大輔の歴史改変的アプローチから考えるならば、大量のチートにより発生するバタフライ効果により、物語の成立を難しくするのではという懸念が考えられます。前者で述べたような娯楽的作品として考えるならば、そのあたりを捨象する(一代記的物語にすることで、ごくごく限定された範囲に漫然と強烈なチートをばら撒いたことにする)と考えるならば一概に批難されるべきものではないでしょう。

後者の「シム・シビライズ」的アプローチで考えるならば、ごくごく限定的なチートをかなり厳しい制約のなかでばら撒くことで、読者にとって親しい世界観(往々にして中世欧州だったり戦国時代だったり、それらを模したハイ・ファンタジー的世界観である)に近づけつつ、チートが与える影響とそのバタフライ効果を楽しませるということがひとつの様式となっていることは論を俟たないわけです。

本作の場合は、階層や社会構造、技術的な制約といった様々な「拘束」が存在しており、そのなかで問題を解決していく、というスタイルを取っています。


ツイートでも書きましたが、ある種太閤立志伝Ⅴに類似しているように感じました。

このゲーム自体、実のところ様々なチートツールや公式のMODツールを使うことで、相当なレベルまでチートをばら撒くことが可能です(その典型として「らき☆すた立志伝」という作品をひとつ例示しておきましょう)。

そもそも論において、このゲームにはゲームデザインとして与えられたエンディング(勝利条件)が存在するものの、極端な話その勝利条件を目指さねばならないというものでもありません。
ゲームのグランドエンディングとしては、大名による天下統一だったり商人による全国制覇などがあるわけですが、生涯浪人として過ごすのも(ゲームとして面白いかは別として)不可能ではないデザインとなっています。
今日的に言えば、オープンワールドゲームのプレ的なるものとでも言うべきでしょうか。

ごくごく私的な愚痴ですが、太閤立志伝Ⅴのエンジンをベースにさらに進化させた作品を出して欲しいと思ったりするわけですが。


さて、本作ですが、勝利条件は「本」です。タイトルを見てもわかるでしょう。太閤立志伝Ⅴになぞらえば「司書エンド」が勝利条件とでも言えるでしょうか。
しかしながら、本作の世界観は読者に極めて親しい「中世欧州を模したハイ・ファンタジー世界」であります。本は貴重品であり奢侈品です(奢侈品と打って、第一候補が「奢侈品等製造販売制限規則」になるうちのGoogle IMEはどうかと思います)。そのなかで、ルネッサンスの契機となるであろう、本のコモディティ化を目指す物語を描くとするならば、必然的に先に述べた「シム・シビライズ」的なアプローチを取らざるを得ないことになります。

まだまだ全体の半分強を読んだところなのですが、これから主人公が向かう世界が一体どのようなものになるのか、非常に楽しみであります。

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