伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

ただのハシカと切って捨てるのはちと違う気もする

アメリカに限らず日本国外のひとたちにとって、そんなに日本の環境というのがユートピアかと言われると当事国の国民としてはいささか首を傾げたくなるところもあるわけですが。

中二病? 米国少女「私は人種同一性障害で、中身は日本人」海外の反応(マグナム超誤訳!)

「私の名前は綾峰雪(Yuki Ayamine)です。もうすぐ16才になります...いつも人種的な違和感を感じてました。鏡を見ても吐き気がします。これは心の問題などではありませんし、自殺したい気分でした。なぜならこんな国では先行きが真っ暗だからです。そんな時、日本が自分にとってほぼ完璧な国だと気づきました。私の幸せと安定をもたらす帰属すべき国であると。アニメもカワイイ物も日本の伝統文化も、日本のものが何もかも好きなので、それが私が何者であるのかを証明しています。残りの人生を日本で過ごす予定ですし、私の幸せを脅かすアメリカの市民権を放棄したくてたまりません。日本に行ったことはあるのかって? 毎日過ごしてますよ、頭の中で。ずっと日本のことをリサーチしてますので、妄想なんかじゃありません...日本は私の拠り所なんです...」

本件そのものは広義ないしは転義の中二病(*)そのものであって、言ってみれば「日本」「日本人」「アメリカ」というところをよくあるそれらしい概念(「闇の世界」とか「<能力>」とか「セカイの秘密」とかそんなの)を当てはめても殆ど同じような感覚だと思われるわけですね。言ってみれば「退屈な日常からの脱出」というのは、ある種思春期のハシカみたいなもんだしそれを嘲笑をこめて晒しあげるってのも大人げない態度だなぁとは思うわけで。でもこの件はその程度のお話、なのかな。
まあ、アメリカの文化というコンテクスト(**)ではなくて日本のアニメだとか「カワイイ」系のシロモノとかが脱出先ってのはちょっと目を惹くし、正直に言えば日本人以上にアメリカ人の方がこの物言いにはギョッとするんだろうなあ、と。

それよりも個人的に気になるのは、自身のアイデンティティとしての国籍と実態の国籍が異なるということが一概に「中二病」ととられることなんだよね。この問題の根は深くて本当はもっと学問的にアプローチして論じて欲しいところではある。なんとなれば、日本人も無関係じゃなくて、かつてのアパルトヘイト時代の南アフリカにおける「名誉白人」の問題だとかそういうところともつながってくる話ではある。
正直に言えば、ここらのお話は(アイデンティティという観点において)もっと広く考えたとしてもぼく自身あまり深い知識があるわけでもないし、正直当事者意識が乏しいところがあって、特に考えるところも無いんだけど、反面そうそう気軽に扱っていい話でもないと思ってはいる。例えば、くそみそテクニックを元ネタとした形であまりにカジュアルにホモセクシュアルをネタとして消費することとか、ぼく自身は反応する程ではないけどひっかかるところはある。今回の話もそれを国籍というところに置き換えてやれば、そうそう簡単にネタとして消費してもいいのかな? というひっかかりは多少とも出てくるってのが正直なところだ。



(*)中二病の原義は本来伊集院光がラジオで提唱したものであって、今日人口に膾炙する定義は上を見ても広義というレベルのものである、との立場に私は立っている。ちなみにぼくの原義における中二病あるあるは「日経新聞を読んでそこに書いてあることをもっともらしく話す」だったなあ。日経が商業的風船業者であることを知識としても感覚としても経験としても知っている今からすれば汗顔の至り。

(**)例えば古いけどトレッキーとか本場のTRPG的世界観とか、リア充な方面であればもっと色々あるんじゃないかな。ここらの話は町山智宏さんの本あたりを読むといいと思うよ