伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

アフリカ・レポート(松本仁一/岩波新書)


難しいことを簡単に、そして単純に説明するということはとても重要なことだ。難しいことを難しく説明するのは知識さえあればだれだってできる。それを単純に解きほぐし説明することが知性であり、専門家のつとめだとぼくは確信している。だが、これには物事をあまりに単純化してしまうという問題をはらんでいる。ともすれば本来複数の観点で捉えるべき問題を一面的な見方に陥ってしまうという危険性があるのだ。であるが故に、専門家はみなジレンマを抱える。難しいことを単純に解きほぐすことが出来たとしても、それは色々な前提が無ければ、ただの一面的な断罪にしかならないケースがままあるからだ。
そこで重要なのがジャーナリストという専門家だ。彼らは本来的には報道という立場で物事を伝えることが本業だ。だからこそ、優れたジャーナリストは名文家だし非常に平易で読み易いものを書くことができる(はずだ)。ぼくはあまり好きではないけども、池上彰なんかはジャーナリストとしては地味なことばっかやっているように見えて、実はすごく大事なことをやっている。
本書はそんなジャーナリストとしても一級品と言える著者のアフリカについての記事をまとめた一冊だ。ここに描かれているアフリカはそこに抱える問題を敢えて物凄く単純化して述べている。それは、アフリカの問題の根幹は、政権幹部が出身部族や取り巻きに利権をばらまくのが原因というものだ。これはある一面からすれば間違いなくそうだ。実際「現代アフリカの紛争と国家」の中でも「ポストコロニアル家産制国家」というタームを使ってこのことを肯定しているし、現実に本書で紹介しているジンバブエの事例なんかは「腐敗・オブ・ザ・腐敗」ってな感じで、ゲロの香りがぷんぷんするゾンビ状態に腐っているのは紛れもない事実ではある。
だけども、そこに単純化して「そんな腐りきった連中に任せるよりは植民地の方が幸せだ」的な理解をしてしまうのは違う。アフリカのことはアフリカの連中が決めるべきことだし、そこにヘンなそして根拠レスな人種的偏見を持つことはただのアホの所業だ。そこにある腐敗の根本を理解しないことには、何の解決にもならない。それどころか、自らのところにもこういった腐敗の根本があるのかもしれない。そしてそれがもし顕在化したのなら、歴史から学ばないものたち、愚か者としてまた歴史的に評価されてしまうことだろう。
じゃあ、どうするべきか。それはもう丹念に細かく追い続けるしかない。ぼく自身(そして著者も)カギとなるのは教育と治安だと思うのだが、それをどうすべきなのか。そしてぼくたち自身においてもどうすべきなのか。考え抜いて生きるしかない。
それはとっても苦しい道だろうし、ちっとも楽しいことじゃないだろう。安易な暴論に乗っかって騒いでいる方がよっぽど気は紛れるし、その場ではいいのかもしれない。だけども、それではただの愚か者だ。無知を悟り、学び、そして考えることこそが「愚者でなくなる」ための唯一の方法だ。本書はそれを考えるいいきっかけになる本だ。