伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

ブレーメンⅡ(川原泉/白泉社文庫)

   
川原泉というと短編に定評のある作家という印象がある。というか、長編を書ききる体力があんまりないという表現の方が適切だろうか。実際、メイプル戦記も休載を連発していたし、続き物のエッセイ漫画である「小人たちが騒ぐので」も最後の方はボロボロだった印象がある。だが、そうはいっても凡百の漫画家には及びもよらないストーリー構成力はさすがだ。実際、長編は書けても短編がダメな漫画家は一杯いるわけで、あとはアシスタントとの分業をどうするか、というマネジメントの部分をもうちょい編集がサポートしてやればもっと多作になるのに…… と大変惜しい気分に陥ってしまうのはぼくだけだろうか?
さて、本作はその川原泉による長編SFマンガである。SFといっても、ややこしい話ではない。あくまでもSFは道具立ての部分だけであって、基本的にはコメディタッチの読み易い作品だ。このお話の中で「ブレーメン」という動物を改造したものが出てくる。そんな動物たちに主人公であるキラ=ナルセ船長は当初不信感を抱いているが、次第に彼らが同じ船を動かす仲間だという認識に変わってくる。そういった、言わば差異に対する認識の変化というところが物語の根幹となっている。この部分が評価されてなのか、第四回(2004年度)のセンス・オブ・ジェンダー賞の特別賞を受賞していたりもする。実際、物語としてはさすが川原泉と思わせる、読ませるものになっているしこの受賞自体をそれほど非難するつもりはない。だが、敢えてぼくは批判的な立場に立って批評したい。
というのも、差異に対する認識の変化ということに対してぼくはちょっと物申したいからだ。なんとなれば、昨今のウェブ上をにぎわす言説からすると、酷く楽観的な気がしてならないからである。例えば国籍や性別、人種その他もろもろをひっくるめて、差異の部分に対する意識というものは途轍もなく低いものだと言わざるを得ない。実際、新大久保だの鶴橋だので排外運動をやらかすような連中が大手を振っている(そして、それを世間は受容してしまっていると言わざるを得ない風潮がある)ことを見るにつけ、どうしても本作の展開に対して「おとぎ話的」な感覚を抱いてしまうのだ。
むろん、この物語の根幹の部分についてはぼく自身は同意だ。だが、こんなに「おとぎ話的」な感覚に対して(悪い意味での)イノセントさを感じてしまう。実際、これだけ差異に対して排外的なヤツがある出来事で簡単に改心なんかしねぇだろ、とか思ってしまうわけだ。
また、本作には実の所非常に些細なダブル・スタンダードがある。ブレーメンに対する差異を受け入れた主人公は、実の所もう一つの差異――リトル・グレイに対する差異を決して受け入れているわけではない、ということである。無論、これは一種のギャグ描写であるのは間違いないのだが、実の所反差別というところにおいてもこのようなダブル・スタンダードが横行していることを考えると、色々と思う所がある。
物語としては大変に面白い作品だ。そういう面では全力でオススメできる一冊である。だが、それと同時に「差異」というものに対する楽観とダブル・スタンダードの問題についても是非とも考えてほしい。そういう作品だと思う。