伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版(服部正也/中公新書)


物語というものにはいくつかの定型――テンプレート的なものがある。その中でも、ボロボロになった組織を立て直しハッピーエンドというものは色んな媒体で書かれている。一般的な中間小説もそうだし、オジサン向けの企業小説はおろかライトノベルでも(若干アレンジはされているけど)扱われている。
本書は名著として知られている一冊だ。だが、単純にそういった先入観で読むよりもむしろこういった「物語」の一つとして読む方が楽しめる。
本書で描かれているルワンダは、独立後の混乱からシッチャカメッチャカの状態だった。旧宗主国のベルギー人はタチ悪く振る舞い、ルワンダ人に偏見の目を向けながら暴利をむさぼる。政府の保有する外貨は底を尽き、中央銀行は業務をよく知らない連中ばっかり。挙句の果てに「主人公」である著者が赴任するときに援助の対価として通貨の切り下げまでIMFに要求される始末。ありていに言ってしまえばどん底の状態だ。
そんなどん底から「主人公」がどのように戦っていくのかは本書を是非読んでほしい。扱われている内容は中央銀行の業務を越えて、一国の経済を立て直す方策まで含まれており極めて小説的に楽しめる。内容もとても平易なものだ。「中央銀行のあるべき姿」という所について本書を通じて論考している向きもあるが、もちろんそれは否定しない。だけど一人の「主人公」が組織を立て直していくという「物語」としてとらえても十分に楽しめるものになっているとぼくは思う。
さて、この物語であるが決してハッピーエンドにはなっていない。皆様もご存じの通り、ルワンダにおける民族対立によって民族虐殺――ジェノサイドが行われ悲惨な状況に陥ったのだ。事実、本書の増補として著者本人によるこの紛争についての論考が載っており、本来「ハッピーエンド」で終わるはずの物語が苦いものになってしまった悲しみに満ち溢れていると言える。
だが、国というものは決して単なる物語によるものではなく、延々と続く現実の延長線上に存在する。そういった意味では、この苦い出来事も一つの現実であり受け入れなければならない。逆に言えば、この民族虐殺の出来事という点を延々と引きずることで塗炭の苦しみを続けるようなことがあってはならないのである。
ルワンダの紛争についてかつて宮嶋茂樹さんがルポルタージュしているのだが、彼はその中でルワンダについてボロクソに書いている。確かに当時のルワンダの現状の一つではあるのだろう。実際に現地で取材した人物の書いていることは、それはそれで一つの事実ではある。しかし、そこにある種の偏見が混じっていることは否定できない。本書の「主人公」である著者がその場に居たのなら――おそらく全身全霊をもって戦った敵の一つとなったであろう。
日本においてアフリカという地域は、どうしても後進国であるという偏見を持ってしまう。また、現実として経済的に発展途上の段階であるのは否定できない。しかし、その渦中に身を置いて戦った日本人が居たということは決して忘れてはならないし、ぼくらもその身になって考える習慣を持つ必要があると思う。
ここまでは、マジメな話でちょっと余談としてヨタ話を。
本書は1972年に初版が発行されて長らく絶版となっていた。ところが、2009年にその後の民族紛争を増補し再版された。この時に企画協力をしたところがふるっているのだ。
なんと、TRPGで有名な冒険企画局というところなのだ。ぼく自身、ここの「サタスペ」というゲームが凄い好きでここのイラストを多数提供している速水螺旋人さんを追っかけているわけなのだが、まさか関わっているとは全く知らなかった。こんな比較的お堅いテーマの本にあの「サタスペ」のところが! というのは何とも痛快ではないか。この事実を知ったとき、思わず爆笑してしまった。
そういう意味ではTRPGのゲーマーも一つのゲームのリプレイ――そうだな、バナナ共和国を立て直すなんてゲームなんかどうだろう――を見る感覚で読んでいただければ、大変によろしいかと思う次第。

まえがき
Ⅰ 国際通貨基金からの誘い
Ⅱ ヨーロッパと隣国と
Ⅲ 経済の応急処置
Ⅳ 経済再建計画の答申
Ⅴ 通貨改革実施の準備
Ⅵ 通貨改革の実施とその成果
Ⅶ 安定から発展へ
Ⅷ ルワンダを去る
<増補1> ルワンダ動乱は正しく伝えられているか
<増補2> 「現場の人」の開発援助哲学 大西義久
関係略年表