伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

南ア共和国の内幕 増補改訂版(伊藤正孝/中公新書)


「アパルトヘイト」ということばを知っているだろうか? 近現代史が大学入試においてあまり扱われない(扱われたとしても東西冷戦構造を中心とした歴史が中心になる)ことから、もしかすると知らない人もいるのかもしれない。南アフリカ共和国において行われてきた人種隔離政策のことだ。今の時代に勉強している若い世代にはもしかしたらピンとこないかもしれない。でも、これはれっきとした歴史的事実なのだ。山川出版の世界史B用語集には、こうある。

アパルトヘイト apartheid ⑨ 南アフリカ連邦成立時からとられた白人優位の人種差別と人種隔離政策。南アフリカ共和国に継承された。
南アフリカ共和国で、少数(16%)の白人が、大多数(84%)の非白人を支配・差別した政策。イギリス自治領時代の南アフリカ連邦で1949~50年に強化された、有色人種差別と有色人種隔離政策のこと。人口登録法・集団地域法・先住民土地法の3法が中心となっていた。国際的圧力もあって84年頃からじょじょに改善され、91年にデクラーク政権によって撤廃された。

どうだろう。50代、60代の人には比較的「同時代」の出来事かもしれないが、それ以下の年代からすると「欠落しがちな歴史的事実」だと思う。実際、この用語をものごころついてからニュースやなんかで見聞きしたのはぼくの世代が最後だと思う。ぼく自身、小学校時代通っていた学習塾のニュース解説本や新聞やニュースで「アパルトヘイトの撤廃」ということを、大騒ぎしていたことを辛うじて記憶している。
さて、本書は今からさかのぼること四十余年、1970年に朝日新聞に掲載されたルポをまとめたものにその後のアパルトヘイトの撤廃後の出来事を加えたものになる。つまり、アパルトヘイト体制下のころの話が中心だ。このころの南アフリカは体制維持の為に人種差別問題を取り上げるような報道を厳しく制限していた。であるが故に著者と相棒のカメラマン横田紀一郎氏は文字通り命がけの取材をすることになる。そしてその課程で寛恕し難い差別にも出会う。今から考えれば信じ難いが、歴史的な事実としてあった話だ。そして、さらに信じられないことに、著者はアパルトヘイトの撤廃が行われるまである種の「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として南アフリカへの入国を拒否され続けてきた。
本書の中身については、敢えて深くは触れないでおく。何故ならアパルトヘイトについて知らないひとたちこそ、まっさらな状態でこのルポを読んで欲しいからだ。おそらく、書いてある内容に憤りを感じもするだろうし、昔はしょうがなかったんだというある種のエクスキューズ的な立場を取る人もいるだろう。ぼくはそれを否定するつもりはない。それぞれの受け取り方次第だと思う。所詮「アカイアサヒ」とバカにするような態度を取ったって別に構わない。それは、読み手の感性の問題だからだ。
ただ、ここに書かれている事実や著者の問題意識というものは歴史の一つとして絶対に知っておくべきことだと、ぼくは思う。今から思えば本当にくだらない、人種という根拠レスなシロモノによって、かくも無駄な労力とコストを支払い、それにより大多数のひとたちが抑圧されたということは、忘れてはならない事実だからだ。
ぼく自身は彼がとりあげた差別についての問題意識は現代において日本でも通用する話だと思っている。それは単に人種差別という問題にとどまらず、著者の云うような「元請と下請」「(経済的格差による)学歴格差」というような問題は一つの差別の構造として横たわっているからだ。
感性がすり減った(もしくは感性を磨く気のない)年寄りどもに薦める気はさらさらないが、瑞々しい感性を持った若い世代には是非とも読んで欲しい。

増補改訂版まえがき
再版まえがき

Ⅰ 黄色人種として
Ⅱ 現代の魔女狩
Ⅲ 暗闇のソウェト
Ⅳ 飢えるトランスカイ
Ⅴ 白より白く
Ⅵ 解放への道
Ⅶ 二十年ののち
参考文献
南アフリカ年表
索引