伊達要一の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

カラシニコフ(松本仁一/朝日新聞社)

2004年7月上梓の、今となってはだいぶ古い本だがそれでも読む価値は十分にある。幸い、朝日文庫に「文庫落ち」しているので比較的お手軽に入手できるはずだ。是非、老若男女問わず「朝日だから」などと言わずに読んでみてもらいたい。

とはいうものの、前半の少年/少女兵の話は些か不謹慎かもしれないが「よくある話」という印象を覚えると思う。カラシニコフへのインタビューも当時としてはソ連クラスタには生唾もんだったかもしれないが、今となってはそう珍しくもない。なにせ、ホビージャパンの「ぴくせる☆まりたん」にコメントを寄越したなんて話もあるし、本人の口述本も出てる。ソ連クラスタの向きにはそちらをおすすめした方がよさそうだ(や、ぴくせる☆まりたんではなくてね。あれもおもろいけど)

本書の眼目は四章の「失敗した国家」から。フォーサイスへのインタビューで語られたこの言葉が本書をただの「銃ヲタ向け本」や「観念平和本」と一線を画すものにしている。フォーサイスの言う「失敗した国家」とは。彼は「国づくりができていない国、政府に国家建設の意思がなく、統治の機能が働いていない国」であると言う。 また、このようにも語っている。「失敗した国家はわずかな武力でかんたんに崩壊する」。なにせ赤道ギニアの政府転覆疑惑(本人は本書で否定しているが)があるフォーサイスの発言。これは重い。というか赤道ギニアがそういう「失敗した国家」だと言っているようなものである(「戦争の犬たち」のモデルは同国なのだ)。

また、国連などの仕事で紛争地での医療に携わる喜多悦子が語る「失敗した国家」を見分ける方法は先進国である我々にも重たい言葉だ。 「警官・兵士の給料をきちんと払えているか」「教師の給料をきちんと払っているか」。これも不謹慎で無責任かもしれないが、本来遠いアフリカのドンパチ話がどうにも既視感を覚えてならないのは気のせいだろうか? と、まあ重たいことを長々と語ってみたところで軍ヲタども向けの話に移ろう。

我々系の歪んだ歴史ヲタクは、同時代と比較して「アリエナイ」ほど先進的な道具・技術・知識その他を「オーパーツ」と呼んでいる。 まあ、半径3m程度のジャーゴンではございますが、ニュアンスは解ってもらえると思う。で、このカラシニコフもそんな「オーパーツ」の一つに挙げられる。 しかし、本文中に語られる突撃銃として、ではない。 「機械は単純であれば壊れない」という設計思想がオーパーツなのだ。何しろ機械というものは、エンジニアという細かいことが大好きな人種によって開発されるが故に、どうも精緻なものになりがちだ。 別に偏見ではなくて、これは実体験の話だ。こと、日本人だのドイツ人が作るものはその傾向が酷くて……という話は本筋から外れるのでやめておく。 ここでカラシニコフの設計思想の話になる。「機械は単純であれば壊れない」これは物凄く重要でそれでいて忘れられがちな価値観なのだ。

多分、これを読んでいる大多数の人は「何を当たり前のことを」と思うだろう。そうだ。当たり前のことなのだ。 しかし、当たり前のことを実現することのなんと難しいことか! そしてそれをカラシニコフは実現してしまったのだ。それもソ連という(当時は準戦時体制だったとはいえ)官僚主義に満ち溢れた国で実現してしまったこと、そしてこの設計思想が後の工業デザインで「モジュール化」という形でようやく実現したことを思うと「オーパーツ」と評さずにはいられない。

私の場合、ミリタリと言っても銃そのものには興味が無くて、それを支える生産やロジスティクスといったニッチ極まりない分野が大好きな歪んだヲタクだ。そんな歪んだヲタクにとって、こんな時代を超えた設計思想というのはまさにご馳走なのだ。

さて、そんなヲタクヨタ話はこの位にして。 まずはAmazon(別にセブンネットでも楽天でもいいけどさ)でポチって読んでみることをおすすめする。 銃が嫌いでも、戦争を知らなくても、知っておくべきことは沢山あるのだ。