伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

駅前の歩き方(森田信吾/モーニングKC)


B級グルメブームである。ちょっと田舎に行くと町おこしとやらで、よくわけのわからない食べ物が売り出されている。それどころか最近ではそんなメニューを集めたイベントが開催されて、またそこに人がわんさか集まるなんてことになっていたりする。最近では地域活性化というコンテクストでの研究だってあったりするくらいだ。
これほどまでに盛り上がっているB級グルメだが、ぼくはどちらかというと批判的に見ている。地元でもともと食べられているものが盛り上がるというのなら、それはそれでいいのだけども、無理やり作り出されたそういったものを見るとそこに必死さを感じてしまうのだ。
本作は地元でもともと食べられているものばかりを取り上げたB級グルメマンガである。そこそこ売れている歴史小説家と編集者の珍道中を物語の根幹にしながら、偶然出会った地元でもともと食べられているもの(本作では「常食」と呼んでいる)を紹介する。
ここで取り上げられている食べ物はどれもほかの地域からすれば奇妙な食べ物だ。だけども、地域で愛されて残ってきた食べ物には不思議な説得力がある。わざわざB級グルメと言い張らなくても、現にそこに在るものと言える。
「孤独のグルメ」なんかと同じように少し古いマンガだけども、十分読んで価値があるマンガだと思う。見かけたら是非読んでみて欲しい。

蕎麦屋の系図(岩﨑信也/光文社新書)


蕎麦というと、色々とイメージが発展しており中々話しが噛み合わないことが、ままある。日常的に掻っ喰らう蕎麦、忙しい時に手軽に食べる蕎麦、それに酒を飲みながら粋に食べる蕎麦、だ。ぼくなんかは二ツ目の立ち食い蕎麦をこよなく愛しており、粋に食べる蕎麦をやっかみ混じりにバカにしているところがあったりするし、逆に粋が歩いているような御仁からすれば、前二者の蕎麦なぞ「駄蕎麦」の類と鼻白んでいるだろう。もちろん、すべて蕎麦のワン・ノブ・ゼムとして食する博愛精神に満ちた人もいるだろうとも思う。
さて、本書は三番目に述べた「粋に食べる蕎麦」すなわち「趣味そば」の名店、その系譜について述べた一冊だ。取り上げられているのは東京の名店として名高い「砂場」「更科」「藪」に加えて、北海道の名店「東家」、手打ち蕎麦で名高い「一茶庵」と有名どころばかりだ。これらの名店に通う「趣味そば」喰いにとって、本書で語られる歴史は食べる蕎麦をより味わい深くしてくれるだろう。
先日「かんだやぶそば」が火事で燃えた際、ショックを受けた向きには是非読んで欲しい。新たな名店を開拓する気力がわいてくることだろう。

はじめに
第一章 そばの文化史
 「そば切り」所見/江戸の料理本に見るそばのつくり方/そばの食べ方/うどんが主流だった江戸の町/そば不人気の理由/そばと蒸籠の深い関係/そば食いの作法/「もり」「かけ」「ざる」/「二八そば」の謎をめぐる二つの説/夜鷹そばと風鈴そば/そば屋のうたい文句/種もの、百花繚乱/風雅を求めた「変わりそば」/江戸のそばつゆ/茹でたそばを蒸篭に盛る/四〇〇〇軒近くのそば屋が談合/東京に根付いたそば文化/専門職人の集団としてのそば屋/そば屋のニューウェーブ/なぜニューウェーブ店が増えるのか/伝統に回帰せざるを得ないそば/老舗ならではの魅力/そば屋の楽しみ

第二章 「砂場」の系図
「砂場」のルーツは大阪にあり/砂置き場にあったから「砂場」/浪花名物、砂場の「和泉屋」/日本最古のそば屋は「津国屋」なのか/質素で地味な「砂場」/「砂場」の江戸進出/江戸っ子が飛びついた/いまなお途絶えぬ二軒の「砂場」/「久保町すなば」の系譜/「久保町すなば」から「巴町砂場」へ/江戸の趣味そば/「糀町七丁目砂場藤吉」の系譜/麹町から南千住への移転/息を吹き返した暖簾の伝統/和を以て貴しと為す/「室町砂場」/「天保」から「平成」の主へ/出自・大坂を表す半纏/東奔西走、そばの出前/天もり、天ざるを発明/そばにクリームソーダ、ウイスキー/「琴平町砂場」/大正ロマンが漂う「虎ノ門砂場」/相伝された初代の教え/「砂場会」の結成

第三章 「更科」の系図
 一度は下ろした名代の暖簾/地名は「更級」、屋号は「更科」/麻布永坂町の高級そば屋/いつのまにか店名となってしまった「更科」/誰知らぬ者なき明治の大店/四代目おかみによる「さらしなそば」の改良/「さらしな」が「白いそば」になったのはいつからか/暖簾分けのしきたり/伊勢海老の「鬼殻焼き」/初の支店「布屋善次郎」/「さらしなの里」と名を変えて再興/一門を代表する名店「有楽町更科」/飛行機で大阪に出前/途絶えた「有楽町」、残った「銀座」/「布恒更科」/二つの「永坂更科」/麻布の地に甦った「更科」の血脈

第四章 「藪」の系図
 竹藪に囲まれていたから「やぶそば」/「やぶそば」の元祖/「蔦屋」に伍する深川の「藪そば」/「蔦屋」の血を受け継いだ「かんだやぶそば」/「蔦屋」の創業はいつ頃/相場で失敗して暖簾を下ろす/「並木藪蕎麦」/「池の端藪蕎麦」/相次ぐ暖簾分け/「上野藪そば」/連雀町の四天王/引き継がれる「やぶそば」の系譜

第五章 「東家」の系図
 北海道で最初のそば屋/「東家」の誕生/再起を期して釧路へ/親類縁者が続々と暖簾分け/一門の総本山「竹老園東家総本店」/竹老園名物「一コース」の発案/なぜか「藪そば」の名が/札幌における「東家」の系譜/きょうだい、子どもが全員そば屋に/そば屋の気概/東家親睦会

第六章 「一茶庵」の系図
 「手打ち」が衰退した時代/「一茶庵」の創業/日々の営業、即、修行の場/ふたりの師、高岸拓川と北大路魯山人/大森で花開いたそば料理/伝説となった「足利詣で」/一茶庵系の暖簾/手打ちそばブームを生んだそば学校/片倉の思想

おわりに

主な参考文献
五つの暖簾の店舗情報

「B級グルメ」の地域ブランド戦略(関満博・古川一郎編/新評論)

B-1グランプリでも脚光を浴びている「B級グルメ」を比較的小規模な地域産業として分析した一冊。本書が刊行されたのが2008年1月と一般的にはちょっと前だったこともあり、ここで取り上げられているものは全般的にある程度定着したものが中心になる。その為、現在進行形のB級グルメは取り上げられていない。

ネガティブな話から入って恐縮だが、そもそもB級グルメには色々問題がある。元来、地元民の日常食という側面が強いものは別地域で提供が難しいなどだ。例えば岡山県は日生の「カキオコ」なんかが代表例だ。同様の問題はホルモンなどいわゆるバラエティミートを使ったメニューなどにも発生しうる。食中毒でも起こそうものなら、ブランド以前の問題になってしまう。

また「新しい」B級グルメが雨後の筍のように勃興しているのも色々と突っ込みたい所がある。正直、「なぜその地域でその食べ物が?」という疑問符がついてまわるシロモノも多いのだ

本書がそういったB級グルメの負の側面に焦点をあてられているかというと、極めて限られた範囲にとどまっている。正直に言えば、「戦略」を名乗るには若干不満が残る内容である、と言わざるを得ない。

さらに言えば、B級グルメの成功例として列挙されている対象も若干疑問符がつく。川崎の焼肉街は「集積」という観点では重要なのかもしれないが(それでも本文中に触れられている通り、軒を連ねるという具合では無いそうな)それであれば、香川県のさぬきうどんの事例の方が成功例としてはわかりやすいし、ブランド戦略という観点では明確になったのではないかと愚考する次第。

ただ、「B級グルメ」の先行事例としては大変読むべき価値があると思う。特に盛岡のジャジャ麺については必読だ。B級グルメを展開する上での問題点について、比較的真摯に記述しており、これからB級グルメで町おこしを…と考える向きにも勉強になる記述だ。先に述べた「新しい」B級グルメに対する警鐘として、一読に値するものだと言えよう。

地域産業政策というお堅い側面ではなく勝手連的に動いていきたい、そんな人たちに本書を参考に新たな取り組みを進めてほしい、そう思える一冊だ。