伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男(マイケル・ルイス、中山宥訳/ランダムハウス講談社)


大沼という野球選手が居た。典型的な二軍以上一軍未満の選手で、ピンチの場面で登板した日にはご丁寧に塁に居る選手を生還させてそれからそこそこのピッチングをするという、まさに防御率詐欺のような選手だ。よほどの野球ファンでもなければ一山幾らの野球選手という印象しか持てない、そんな程度の選手である。
おそらくぼくも、切込隊長こと山本一郎氏のブログで度々ネタにされているのを見ていなければ認知していなかった。プロとしての全力をもって野球に注力しているにも関わらずある種物笑いのネタになってしまう、そのおかしみに爆笑させてもらった。
野球、それもとりわけプロ野球というのは、外から見るファンからすればとてつもなく気楽な祝祭空間だ。観戦チケット(場合によってはテレビ中継でも良い)さえあれば、まったく気遣いなく選手の怠慢プレーを罵倒し、野次り、けなし、馬鹿にすることが出来る。無論、その逆だって可能だ。もし、もう少し真面目に応援するなら近くの私設応援団や応援に人生を賭けているような暇人からチャンステーマの歌詞カードをもらって応援したって構わない。たかだか3時間程度の時間と空間に、様々なドラマと物語が交錯する。それが野球だ。
本作はそんな野球を、さらに特殊な戦い方をしている集団――オークランド・アスレチックスの内幕を描いたノンフィクションである。少し前の話だが、本作をモティーフにした映画があった。今でも覚えているが深夜の岡山の映画館で、ホットドッグとポップコーンを貪り喰いながら眺めていた。はっきり言ってそびえ立つクソのような映画だった。物語に何の脈絡も無く、ただ短期な男が球団運営をやるというつまらない映画。そんな程度のものだった。だが、本作はそれとはちょっと違う。
プロ野球選手というのはよく知られているところでは「高給取り」というイメージがある。実際、アホみたいに高い年俸を貰っている選手は、みんなも知る所だろう。故にお金がかかる。アホほどお金がかかる。だが、アスレチックスは全米に名だたる貧乏球団だ。故に普通にやっていたのではとてもじゃないが戦えない。だが、実の所アスレチックスはプレーオフに毎年のように絡む強豪チームだ。何故?
その理由は本書を読んで知ってもらいたい。やっていることは実際至極常識的なことをやっている。安く買って高く売る。商売の基本だ。だが、野球という世界はそんな基本が守られていない。そこにアスレチックスが戦える秘密がある。
マイケル・ルイスのノンフィクションは、世紀の空売りもそうだけど描写が非常に散漫ではっきり言って読みづらい部類に入る。言ってしまえば題材が面白いけど、構成力が酷いという部類だ。先述の映画がそびえ立つようなクソ映画になってしまったのも、本作の内容をそのまま映画化したからだろう。だが、ここで描かれていることはまったくの真実でしかもより進化した形で現在も進行しているというところが面白い。言い換えれば題材の面白さが他のマイナスをすべて打ち消しているということなのだ。
何を差し置いてもオススメするというほどの本ではないのは間違いない。だが、野球という祝祭空間に興味があるなら一度手を出してみても悪くは無い。新しい観点から野球というものを捉えることができるようになるかもしれない。

まえがき
第1章 才能という名の呪い
第2章 メジャーリーガーはどこにいる
第3章 悟り
第4章 フィールド・オブ・ナンセンス
第5章 ジェレミー・ブラウン狂騒曲
第6章 不公平に打ち克つ科学
第7章 ジオンビーの穴
第8章 ゴロさばき機械
第9章 トレードのからくり
第10章 サブマリナー誕生
第11章 人をあやつる糸
第12章 ひらめきを乗せた船
エピローグ
解説 二宮清純
オークランド・アスレチックス 2002年全試合結果

神様のカルテ2(夏川草介/小学館文庫)


その昔、ナイター中継がお茶の間の団欒の中心にあった時代があった。当然というか巨人阪神戦(いや、別に巨人大洋戦でもいいが)を父親がビール片手に眺めている光景というのは、所謂「懐かしい光景」としての昭和像としてよく映し出されてきた。
いつのころからだろう。こんな風景が無くなったのは。少なくとも会社には「定時」というものがあって、残業が当たり前のような状態はそれほど無かった筈だ。
今はどうだろう。「定時」なにそれ美味しいの? 残業? 残業代なんか出ませんが、何か? そんなのが常態化している。かくいうぼくも、タイムカードと実際の残業時間がウン十時間差異があるなんてことが結構ある。それをここで云々するつもりは無いけども、いつから人は仕事というものがイコール生活となってしまったのだろうか?
本作に登場する医師たちの仕事ははっきりいって異常だ。連続三〇時間以上の勤務(当直勤含む)を当たり前のようにこなし、休日なんて殆どない生活を送っている。そんな中、当たり前のものとしてあるべき生活が崩壊した医師、重病に気づくことなく倒れ、そして死んでいく医師。明らかに常軌を逸している。
だけども、そこにはぼくらが医療というサービスに要求している異常な水準というものが存在していることを忘れてはならない。そして、この異常な水準というのは他のことにも言える。そこに人間が本来送るべき生活を放棄させるようなことが含まれていることも。
本作はあくまでもフィクションであり、人間の物語だ。だが、ここの描かれている異常さはぼくたちの日常にも敷衍すべきものが含まれている。前作に引き続き是非一読を。

神様のカルテ(夏川草介/小学館文庫)


一般文芸に対して書評を書くのは若干躊躇するものがある。ぼく自身それほどそういったものを読んでいるわけではないし、そもそも一般文芸でかなりの数を占めるミステリの類にあまり親和性が無いこともあって、そちらの知識があまりないからだ。第一、これらに対する書評なんて山のようにあることもあり、ぼくが書評する意味があまり見いだせない。
とはいうものの、本書は紹介する価値があると思って取り上げたい。
漱石かぶれの地方の基幹病院に勤務する医者の周囲で起きる出来事を切り取った物語である。これだけ取ればなんてことのない話だが、作者の文体も漱石をはじめとした明治の文豪の影響を物凄く見て取れる、漢文訓読体風の重い文体だ。重い文体というのはそれだけで今日ではデメリットになってしまう感があるが、本作はそうではない。まさに漱ぐに相応しい水のように軽妙洒脱に感じるのである。重い文体の本というだけで敬遠するのはまさに勿体ないと言わざるを得ない。
ライトノベルもそれなりに読むぼくとしては、軽い文体をそれだけでけなすつもりはさらさら無い。そもそも軽い文体というのは言文一致という明治からの国語運動の流れの一つの終着点であって、むしろ文学史的に真面目に取り扱った上で評価すべきなのだが、なかなかそうされないのが歯がゆく思うほどである。だけども、これほどまでに重たい文体の本もたまに読んでみることは非常に自分のためになることだと思う。特に漢文訓読体というのは「日本語を鍛える」という意味では極めて有効なものだと思うし、今日でしっかりとこれを使える作者というのも珍しい。
無論、物語そのものも読むべき内容だ。医者が接する患者、それも終末期の患者やある種人生を踏み外してしまった下宿屋の住人、外来のどうしょもない患者、それぞれに小説の根幹たる「人間」が描かれている。これも主人公、そして著者の漱石先生への傾倒が見て取れるほどだ。この「人間」という小説の題材をうまく扱えない「小説家」が一杯いる中で、これがどれほど稀有なことか!
ぼくが日ごろ紹介している評論とは毛色が変わったものであることは違いない。若い読者にも年寄りの読者にも万人にオススメできるものだ。知識や教養という意味では得るものは少ないかもしれないが、その前提となる「日本語」そして「人間」を見知るという意味で読むべき価値がある一冊だと断言したい。

「事務ミス」をナメるな!(中田亨/光文社新書)

産業技術総合研究所でヒューマンエラー防止の研究を行っている著者による、事務ミスの分析と対策を述べた一冊。
一昔前、製造業というのは3K(キツイ・キタナイ・キケン)職場の典型と嫌われた時代があった。確かにそういったころの製造業は言われても仕方がない有様だったのだ。ところが、今では製造業の方がよっぽど安全対策やらがしっかり施されて、デスクワーク主体の会社の方がよっぽど3Kだったりするという笑えない現実があったりするのだ。実際、製造現場で行われている「ミス対策」と比較してデスクワーク界隈のミス対策というのはお寒い限りだ。そういった現実もあり本書を手にとってみたのだが……
一読した感想としては「ズレている」と言わざるを得ない。もともと、現場系のヒューマンエラー対策をやられてきた方なのだろうか。どうにも事務仕事に対する観点がズレているのだ。例えば帳票についての問題点など、納得できる部分も多少あるのだが、一方で事務作業の実態が見えていない主張も多い。実際、現場仕事関係も「フローチャート」を多用しているというのに「すべてを表であらわせ!」なんて、非現実的もいいところだろう。ここらへん、正直薄っぺらくてがっかりした。
また、やたらと古典からの引用が多いのが鼻につく。どうも「知ったかぶり」をしたい三等管理職が好きそうな構成なのもマイナス。いかにも、部下に「知ったかぶり」をしたいエラいさんが好きそうなことを大量に入れていて中身が薄っぺらというのは、正直サイテーと言わざるを得ない。
一方でとっつきやすいシロモノに仕上げたという点は評価できる。いかんせん、こういった「ミス対策」というのをデスクワーカーに認知させるにはこれくらいわかりやすい必要があるだろう。デスクワーカーというのは(自戒を込めて言うならば)本当にバカでデタラメな存在なのだ。
ちょっとこの界隈について、知ったかぶりをしたいなら読んでもいいかもしれない。ただ、正直に言えば真面目にヒューマンエラーについての専門書を紐解いた方がいいようにも思う。