伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

今日のはてブ(2014/11/06)

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今週はずっとグロッキー状態です。なんというか夕方くらいから始終全身の倦怠感が酷い。

IMFの緊縮策要求は誤りだった-金融危機後の対応で報告書

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NEJRPR6K50Y101.html
[クルーグマン][経済][金融政策][IMF][世界][社会][政治]過ちては則ち改むるに憚ること勿かれとは言うものの、まあ酷い話ですわな

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働かないアリに意義がある(長谷川英祐/メディアファクトリー新書)


パレートの法則」という言葉がある。法則と言われているが実のところただの経験則というのが実態と言えるのだが、ともあれ世間ではよくよく使われている。これは「社会では少数の人間・事象が全体的な動きを支配し、大多数を占める部分は小部分が動かすにすぎない」というものである。よく80:20の法則とも言われている。さて、本書の「働かないアリ」の話である。実はアリにもこのようなことが言われていて、アリのうち2割は働かないアリだと言われている。さらに言うと、働く8割だけを取り出してみても次第にまたこの中の2割が働かなくなるそうな。よく、この部分だけを取り出して訳知り顔で後輩あたりにひけらかしているオッサンが居そうだが、まあよくある小ネタである。
本書はそんな小ネタの領域に留まらない、生物の進化や役割というものをかなり平易に解き明かした面白い本である。
この働かない2割のアリ、別にサボっているわけではない。仕事量が増えた際に応援として労働に参加するから働いていないのだそうな。本書ではこれを「反応閾値モデル」という言葉で説明している。こういった考え方は軍事クラスタならピンとくるのではないだろうか(いや、銃器だけ見てるような向きは違うだろうけど)。そう、軍事における「予備」という概念だ。戦場において(よっぽど小さい戦術ユニットでもない限り――それでも極力確保するように一定以上の階級ならば教育されるのだが)必ず戦線に張り付かせてない戦力――予備を確保する。この予備は一見仕事をしていない、将棋で言う「浮きゴマ」のように見えるのだが、例えば敗勢になったときに側面からの攻撃で使って撤退を支援するだとか、勝勢になったときにとどめに使うといったやり方をする。もっと詳しく述べるとあまりに専門的になるので大雑把な説明になるが、意義があるものなのだ。このアリの「反応閾値モデル」はまさにこの「予備」の考えとマッチするものなのだ。
さらにもっと面白い話がある。ミツバチを温室の中で使っているとハチが「過労死」してしまうのだそうだ。つまり、労働時間・労働量が増えることでハチが過重労働状態となり、コロニー自体が壊滅してしまうのだという。この過労死というものも、もっと大局的な意味での「予備」の不足と言える。つまり、生物が労働できる量には自ずと限界があり、それに対して一定のバッファを越えた状態が慢性的に続くと、かえって全体に悪影響を及ぼしてしまうということになる。
本書は純粋に生物学的なお話を述べた本なのだが「アリとキリギリス」の寓話に見るようにどうしても人間社会に適合したくなってしまう。なんとなれば、デスマーチを年がら年中繰り返しているブラック企業や、「優秀な社員」を集めたプロジェクトチームというのが実の所長期的に見て機能しないように、「予備」を考えない組織というものは成り立たないんじゃなかろうか。どうしても日本の組織というのは、頭の悪そうな学生にすら「要するに、体育会の部活なんですね」と言われてしまうほど、知性と理性が欠如した脳筋な社会であって、教養が欠如しているが故に(このような「予備」の概念を使うような士官というものは、大学の教養課程を終えている――すなわち一定の教養を持っているというのが大前提となる)平気で玉砕同然の組織運営を行っている。ひょっとすると(いや、ひょっとしなくても)今の日本の苦境というのは、本質として組織を運営しサバイブする能力が欠如した馬鹿者たちがのさばっていることが原因なんじゃないか? そんな社会学的な感覚さえ浮かんでくる。
まあ、そんな大上段に構えた話はともかくとして、非常にわかりやすくて読み易い本なので、是非とも教養の一つとして一読することをおすすめしたいと思う。

序章  ヒトの社会、ムシの社会
第1章 7割のアリは休んでる
第2章 働かないアリはなぜ存在するのか?
第3章 なんで他人のために働くの?
第4章 自分がよければ
第5章 「群れ」か「個」か、それが問題だ
終章  その進化はなんのため?
おわりに 変わる世界、終わらない世界

面白南極料理人 お料理なんでも相談室(西村淳/新潮文庫)


38次南極ドーム基地越冬隊の調理担当である筆者が、100の料理に関する質問に答えるというもの。 南極越冬隊の話以上に食い物の話ばかりで、とにかくお腹が空くことうけあいである。さらに、相談の回答の過程でレシピも充実。
読書向きの本では無いけども、料理の楽しい「ハウツー」としては悪くない一冊だ。

身近なもので生き延びろ(西村淳/新潮文庫)


面白南極料理人こと海上保安官にして30次及び38次南極観測隊の料理人として参加した著者のサバイバル読本。サバイバルといっても、マニアックなツールを……というよりも身近なシロモノを活用するという話なのだ。
どちらかといえば、ミリタリクラスタの自分からすれば、意外と面白く読めた。意外と言えば、北海道出身者が非常用熱源として薪ストーブを勧めていたことだ。例の原発云々に関連してか、ぼくの周りではとかく評判が悪かった薪ストーブなのだが、非常用の熱源としてはけっこう優秀なのかもしれない。そういう点ではちょっと見直した方がいいのかもね。むろん常用はしんどいだろうけども。
それよりなにより、何というか不肖・宮嶋氏との往年の歌丸・小圓遊や赤松・久米田を思い起こさせる「仲良くケンカしな」状態になんというか笑いを禁じ得ない。とりあえず、この笑いを得る為だけに本書を手に取っても損はない。

蕎麦屋の系図(岩﨑信也/光文社新書)


蕎麦というと、色々とイメージが発展しており中々話しが噛み合わないことが、ままある。日常的に掻っ喰らう蕎麦、忙しい時に手軽に食べる蕎麦、それに酒を飲みながら粋に食べる蕎麦、だ。ぼくなんかは二ツ目の立ち食い蕎麦をこよなく愛しており、粋に食べる蕎麦をやっかみ混じりにバカにしているところがあったりするし、逆に粋が歩いているような御仁からすれば、前二者の蕎麦なぞ「駄蕎麦」の類と鼻白んでいるだろう。もちろん、すべて蕎麦のワン・ノブ・ゼムとして食する博愛精神に満ちた人もいるだろうとも思う。
さて、本書は三番目に述べた「粋に食べる蕎麦」すなわち「趣味そば」の名店、その系譜について述べた一冊だ。取り上げられているのは東京の名店として名高い「砂場」「更科」「藪」に加えて、北海道の名店「東家」、手打ち蕎麦で名高い「一茶庵」と有名どころばかりだ。これらの名店に通う「趣味そば」喰いにとって、本書で語られる歴史は食べる蕎麦をより味わい深くしてくれるだろう。
先日「かんだやぶそば」が火事で燃えた際、ショックを受けた向きには是非読んで欲しい。新たな名店を開拓する気力がわいてくることだろう。

はじめに
第一章 そばの文化史
 「そば切り」所見/江戸の料理本に見るそばのつくり方/そばの食べ方/うどんが主流だった江戸の町/そば不人気の理由/そばと蒸籠の深い関係/そば食いの作法/「もり」「かけ」「ざる」/「二八そば」の謎をめぐる二つの説/夜鷹そばと風鈴そば/そば屋のうたい文句/種もの、百花繚乱/風雅を求めた「変わりそば」/江戸のそばつゆ/茹でたそばを蒸篭に盛る/四〇〇〇軒近くのそば屋が談合/東京に根付いたそば文化/専門職人の集団としてのそば屋/そば屋のニューウェーブ/なぜニューウェーブ店が増えるのか/伝統に回帰せざるを得ないそば/老舗ならではの魅力/そば屋の楽しみ

第二章 「砂場」の系図
「砂場」のルーツは大阪にあり/砂置き場にあったから「砂場」/浪花名物、砂場の「和泉屋」/日本最古のそば屋は「津国屋」なのか/質素で地味な「砂場」/「砂場」の江戸進出/江戸っ子が飛びついた/いまなお途絶えぬ二軒の「砂場」/「久保町すなば」の系譜/「久保町すなば」から「巴町砂場」へ/江戸の趣味そば/「糀町七丁目砂場藤吉」の系譜/麹町から南千住への移転/息を吹き返した暖簾の伝統/和を以て貴しと為す/「室町砂場」/「天保」から「平成」の主へ/出自・大坂を表す半纏/東奔西走、そばの出前/天もり、天ざるを発明/そばにクリームソーダ、ウイスキー/「琴平町砂場」/大正ロマンが漂う「虎ノ門砂場」/相伝された初代の教え/「砂場会」の結成

第三章 「更科」の系図
 一度は下ろした名代の暖簾/地名は「更級」、屋号は「更科」/麻布永坂町の高級そば屋/いつのまにか店名となってしまった「更科」/誰知らぬ者なき明治の大店/四代目おかみによる「さらしなそば」の改良/「さらしな」が「白いそば」になったのはいつからか/暖簾分けのしきたり/伊勢海老の「鬼殻焼き」/初の支店「布屋善次郎」/「さらしなの里」と名を変えて再興/一門を代表する名店「有楽町更科」/飛行機で大阪に出前/途絶えた「有楽町」、残った「銀座」/「布恒更科」/二つの「永坂更科」/麻布の地に甦った「更科」の血脈

第四章 「藪」の系図
 竹藪に囲まれていたから「やぶそば」/「やぶそば」の元祖/「蔦屋」に伍する深川の「藪そば」/「蔦屋」の血を受け継いだ「かんだやぶそば」/「蔦屋」の創業はいつ頃/相場で失敗して暖簾を下ろす/「並木藪蕎麦」/「池の端藪蕎麦」/相次ぐ暖簾分け/「上野藪そば」/連雀町の四天王/引き継がれる「やぶそば」の系譜

第五章 「東家」の系図
 北海道で最初のそば屋/「東家」の誕生/再起を期して釧路へ/親類縁者が続々と暖簾分け/一門の総本山「竹老園東家総本店」/竹老園名物「一コース」の発案/なぜか「藪そば」の名が/札幌における「東家」の系譜/きょうだい、子どもが全員そば屋に/そば屋の気概/東家親睦会

第六章 「一茶庵」の系図
 「手打ち」が衰退した時代/「一茶庵」の創業/日々の営業、即、修行の場/ふたりの師、高岸拓川と北大路魯山人/大森で花開いたそば料理/伝説となった「足利詣で」/一茶庵系の暖簾/手打ちそばブームを生んだそば学校/片倉の思想

おわりに

主な参考文献
五つの暖簾の店舗情報