伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

地域を豊かにする働き方(関満博/ちくまプリマー新書)


中小企業研究で著名な明星大教授である著者による、東日本大震災被災地の中小企業から見る地域産業と日本の産業の将来について論じた一冊。
先日紹介した「東日本大震災と地域産業復興」を、一般向け(若干若い世代向けかな)に纏めなおしたような感じで、前掲書を読んだぼくからすると若干食い足りない感があったのは否めない。ただ、内容はとてもヘビー級であることには間違いない。
東日本大震災という災害はとても大きな出来事だし、そこに住むひとたちにとっては間違いなく人生を大きく変えることになってしまっただろう。だけど、その中で地域とともに歩く中小企業が息づいている、そして何とか立ち直ろうとしている姿はとても印象的だ。それを若い世代にもしっかりと述べようとしている本書と著者に拍手を贈りたい。
前掲書がちょっとキツいと思った若い世代にも、一般的な読者にもおすすめしたい一冊。内容もコンパクトに纏まっていて読み易いはずだ。

地域経済と中小企業(関満博/ちくま新書)


中小企業研究で著名な明星大教授の著者による、東京近郊の中小企業集積について分析・研究した成果を纏めた一冊。
京浜工業地帯ということばを今でも小学校では教えているのだろうか? 今日ではこういった形態での工業集積分類はあまり意味が無いとされているが、かつては東京は商業都市という側面の他に工業都市という側面があったのだ。それは、本書で扱われている城南地域なり城東地域、それに時代が下ると多摩地区といった地域に集積されていた。これに神奈川県(ちょうど城東地域から延伸するかのように展開されていく)を加え「京浜」という地域が一つ大きな工業的集積として形成されているということだ。こういった観点での「工業地帯」という捉え方は小学校は当然やらないし、中学・高校でももしかしたらやらないかもしれない(ごめん、ぼくは地理をろくすっぽ勉強してなかったんだ)。だが、こういったことを再認識するためにも本書は適切だと思う。
一番おもしろかったのは墨田区の事例だ。この地域に住む「工業」に関わるひとたち(そこには行政も当然含まれる)が「工房ネットワーク都市」と定義し、独自の活動を営む姿は読んでいて真に迫るものがあった。本書でユニークなのが、こういった墨田区のことを「寿司屋のカウンター」と述べていることだ。実際にカウンターしかない寿司屋を想像してもらいたい。なんとなく、墨田区で生産すべきものの位置づけが見えて来るではないか。また、その中で著者が述べていることが興味深い。

世間では、付加価値の低い仕事はアジアへという論調がみられるが、事態はそう単純ではなく、一つのまとまった仕事として付加価値の高さが議論されるべきである。このことは、むしろ、付加価値の配分に問題があることを示唆しているのかもしれない。(本書p130)

これを読むと近視眼的に生産拠点やサービス部門を簡単に海外に移転することのアホらしさにあきれてしまう。日本という大きな地域の中でどう付加価値を上げていくか? ということが重要なのに、目先の数パーセントの利益のために全体の付加価値を毀損するようなマネをやっている経営者どもに、著者の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
本書の上梓が1995年と少し前なのだが、現状は本書に記載の延長線上にある。東京地域の中小企業の現状について知りたいなら当然必読。そうでなくとも、中小企業が都市の中でどうあるべきか? ということを知るためにも、一度手に取ってみては如何だろうか?

東日本大震災と地域産業復興II(関満博/新評論)


いやはや、メモも取らず一気に読んでしまった。これはスゴイ本だ。先に紹介した同タイトル書の続編。2011年10月1日から2012年8月31日までの中小企業の復興について記述されている。内容的には平易だけどもやはり専門書、大部ではある。でも一度は手に取ってみてほしい。また、前作同様経済系学部の大学生諸君は是非読み通してみて欲しい。山形浩生さん(@hiyori13)が非常にコンパクトに纏まった書評を書いているのでそちらも参照
震災から半年経ってからということもあり、東北各地の企業、その復興のケーススタディが中心となる。そういった意味で概論を知りたい人はまず前作を読んでからの方がとっつきやすいはずだ。
本書そのものは先ほども触れた通り個別のケーススタディが中心となっている(とはいえ東北太平洋側の産業についてかなり深く知ることができるのだが)。その中で政府や県の特別融資が非常に大きな役割を果たしていることが印象的だ。実際問題として「現場」側としては、仕事を続けたいのだ。アジアシフトの話だとか一次産業に対する都市民的「偏見」から、東北への投資ということに二の足を踏む御仁もいるかもしれないが、さにあらず。詳しくは本書を読んで驚きたまえという所だが、東北太平洋沿岸の水産業、水産加工業がこれだけ付加価値の高いことをやっている(またはやれる余地がある)ことを知れたのは私にとって大きな収穫だった。
私に限らず、産業というとどうしても二次産業を主体に捉えてしまう節があって、一次産業や三次産業に対する視点が欠けることが多い中、これだけ複層的な資料を読むことはそういった欠けた部分を補ってくれることだろう。
ちなみに。本書の中で関東自動車工業セントラル自動車の事例がちょこっと触れられていたのだが、両社がトヨタを巻き込んで先日「トヨタ自動車東日本」として発足したことを付け加えておこう。何故この時期に(本来アジアシフトが叫ばれている自動車産業が)「東北シフト」のような動きをしているか、学生さんのみならず我々社会人も考えてみるべきじゃなかろうかな。前作同様オススメだ。

東日本大震災と地域産業復興I(関満博/新評論)


東日本大震災後2011年10月1日までの地域産業について「現場」での動きを詳述した本。ぶっちゃけた話、かなりの専門書であることは間違い無くて、あまり一般向けではないのだがそれでもここで紹介して色んな人に読んでもらいたい本だ。特に学生さん、それも文系の経済系学部の大学生にはぜひ一度読んでもらいたい。関先生の本は学術書ではあるけど非常に読みやすいし、読む価値がある領域に触れている。それにこの手の専門書を読み通すということは自信にもつながると思う。
内容としてはまさにタイトルの通りで東日本大震災で影響を受けた中小企業を中心とした地域産業がどのような活動をしているかを纏めた内容だ。お恥ずかしい話、東北地方に関する知識が乏しい私には目から鱗がボロボロ落ちる内容だ。特に歴史的観点で言えば、東北地方=田舎論というのが、高度経済成長期の果実を受け取れなかったという「結果論」によるもので、現在ではむしろ北上川流域の産業集積が目覚ましいというあたりは一読して知っておくべきだろう。また、沿岸部の水産業コンプレックスという産業構造はある種コンビナートという日本っぽい産業集積と類似しているところも、押さえておきたいところ。本書や本書の参考文献を中心に読み進めれば、非常に役立つものになる筈だ。
より「現在」に近い復興の話は続編にあるということなので、そちらも別の機会にご紹介しよう。
最後に一つだけ。「日本の中小企業の復元力は強く、一週間ほどで立ち直っていくようである。」 日本の中小企業は、凄いものなんだ。是非学生さんは(そして普通のサラリーマンでも)本書を読んでそういうことを知って欲しい。おすすめの一冊だ。

フルセット型産業構造を超えて(関満博/中公新書)


中小企業研究で知られる明星大教授の著者による、日本の産業構造の転換とそれに伴う東アジア諸国との工業技術ネットワークの形成について論じた一冊。
書かれたのが1993年とこの手の本としてはだいぶ昔に感じるところではあるが、述べられている内容は今でも十分読むべきだと思う。特に、3Kと敬遠されがちな鋳造、鍛造、メッキなどの業種をはじめとした「基盤的技術」領域で歯槽膿漏的崩壊が始まっているという指摘は、今でも続いており当時よりもさらに厳しい環境にあるという理解でいいだろう。
著者は中小企業の現場に身を投じて、現場の息づかいが感じられるような報告を数多く著しているのだが、本書もそれが極めて濃厚だ。とはいっても、新書という媒体だけあって、比較的一般向けに読みやすく薄めてあるからご安心を。特に大田区の工業集積とその現状については、こういった分野に関心がある向き以外にも一読して欲しい。テレビや新聞で、円高不況=大田区の中小企業が苦しむという報道が若干ズレたものだということに気づくことができるだろう。
また、著者の三角形モデルは必見。これもよく報道でわかったようなふりをしているシロモノを目にするが、これほどまでに明確に日本の産業構造を著しているモデルはたぶん、無いだろう。韓国経済オワタ論なんかをネットでよく目にするけども、彼らもまたこういった産業構造をよく理解せずに受け売りでしゃべっている連中が多い。是非とも本書を読んで、自分たちが話している内容と実際の構造の差異を学ぶといい。
大学で経済学や経営学を学んでいるひとたちには是非読んでもらいたい。また、産業構造ってなんだろう? という興味がある高校生にもオススメ。ちょっと難しめではあるし、内容的にも高度だとは思うが、読み応えは十分。この分野について、そんじょそこらの大人よりも真っ当な知識を得られることを約束しよう。