伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

今日のはてブ(2017/03/23)(追記あり)

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久しぶりの「今日のはてブ」です。
前回がいつだっけとカテゴリを調べたら、直近がこちらの記事でした。
yohichidate.hatenablog.com

丸々一月以上放置状態って、我ながら情けなくなりますね。

一方ソ連はAK-47を作った――ぺんてる オレンズネロの話

昨月にぺんてるから発売された「オレンズネロ」というシャープペンシルの話です。

この記事を見て早速調べたら、恐らくオフィシャルサイトとAmazonの次にズラッと紹介しているブログが並んでいてエラくパブにカネを使ったんだなぁと思った次第です。こちらの記事も恐らくそういうパブの一環っぽいお話。

ぺんてるの3000円の高級シャープペンが売れすぎでまったく供給が追い付かない理由(いしたにまさき) - 個人 - Yahoo!ニュース

品薄云々はともかく、ここまで部品点数や精度を上げて耐久性は大丈夫なんだろうか? 正直精密過ぎる道具というものに良い印象が持てないのだが

2017/03/23 17:44

私自身筆圧が比較的高めなのと、日常使いの筆記具が万年筆ということもあって食指があまり伸びなかったのですが、細かい線を使いたい向きには良いのかもしれませんね。このあたりは嗜好や用途の問題もあるのでこの場でガタガタ言う話じゃないでしょう。あと、品薄商法というあたりも通常流れる量に合わせたライン*1を立ち上げるくらいで、極端な作り溜め・垂直立ち上げもしてないでしょうから、流行りモノになったらそりゃ足りなくなりますわな。まあ、そのワリには冒頭書いたようにパブに結構カネを使った印象があるわけですが。

個人的に物凄く気になるのがこの記事に出ている部品点数の多さと精度の話です。
機能として「自動芯送り」がある関係上、一般的なシャープペンシルと比較して部品点数が多くなるのは分かるんですが、それでも倍以上はちょっと極端に多い印象がありますね。精度に関してはまあ話半分ではあるものの、一般的なシャープペンシルと比較すればクリアランスはシビアなものなんでしょう。手組みというあたりに関しては、単純に自動化ラインを建てるほどの数量が恒常的に出ると見ていないだけの話だとは思いますが、まぁ一応「匠の技」ということにしておいた方が良さそうです。

それで、耐久性はどうなんでしょうね。一応1年間の保証がつくそうなんですが、正直それ以降の期間どの程度使い続けられるかを考えると非常に微妙なものを感じます。万年筆なんかのように常時身につけて持ち歩くような類の筆記具じゃなくて、机に転がしておくような類と思って使うべきなんでしょうけども、ハードに持ち歩いたら簡単に故障しそうで怖いです。

まあ、文房具程度で「耐久性」を論じるのはアホらしいというのもわからなくはないんですが、色んな意味で「ミッションクリティカル」な受験生が受験会場で使っていたけど、試験当日、それも1科目目の開始5分のタイミングで壊れましたとかなったら…… ちょっと想像するに背筋が寒くなるような状況ではありますわな*2

耐久性という話になると、上述の部品点数が多いというのが物凄く引っかかってくるわけです。部品というのは当然ですが点数が多ければ多いほど傾向としては故障する可能性は高まります。特に可動部品に関しては間違いなくそうです。モノが動くということは当然その過程で摩擦等が発生して減耗していくわけで、将来的な故障へどんどん近づいていくということですから。それで具体的な設計図を見たわけじゃないので微妙な話ではありますが、細かい可動部品が多いように見えます。細かい部品というのはそれだけ減耗への耐久時間という意味では微妙さをはらんでいるわけで、そのあたりがどうなのかな、と。

さらに精度というところも非常に厄介な問題があったりします。精度が高いということはそれだけタイトな設計を実現出来る*3ということなんですが、この商品の場合はどうなんでしょうか。極端にタイトな設計の場合、当然部品の摩耗は激しくなる傾向にあるわけでそのあたり非常に不安を覚えるところです。

タイトルで「AK-47」なんて書いたけども、個人的には少ない部品でクリアランスをある程度取った設計の方が好みですね。このあたりは冒頭書いたとおり好みの問題ではあるんだけども、荒っぽい使い方をするような人にはあまりオススメすべきものでもないように思うところであります。

(2017/03/31追記)
先日現物を触ってきました。金属粉を混ぜた樹脂の軸というのは正直微妙なさわり心地でしたね。まぁ、過剰に重たくないのは良いのですが。
で、一番の問題点は「芯が簡単に折れる」。試し書きしましたけどポキポキ折れて使い物にならないです。これは私の筆圧が高いってのがあるんですが、それにしたって使いにくいです。個人的にはパスですね。

*1:はてブ先の記事では「手組みで製造」という文言もあるので、単純に「ライン生産」と言ってイメージされるような完全自動化のラインでは無いようですが

*2:もちろんそんなミッションクリティカルな環境であれば、予備のシャープペンシルを持ち歩くのは当たり前の話ではあるんですがね

*3:精度が低い場合、それに応じてクリアランスを取らないといけない

今日のはてブ(2017/02/22)

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本当に久しぶりに今日のはてブをやります。

ここのところ気力が物凄く減退していてこのままこのブログもフェードアウトしてしまおうかと思うところだったりするんですが、それでも熱量を与えるような記事を見かけると、ね。

観測気球屋日経の的はずれな大学批判

日経こと日本経済新聞といえば観測気球記事なわけですが、子会社の日経BPも負けず劣らず観測気球を飛ばしてますね。

予備校の「裏メニュー」にすがる悲しい大学:日経ビジネスオンライン

これって全科目の話じゃなくて、教員が手薄になりがちな科目の話じゃないのかと。あたかも全科目に跨ってという印象を与えるのはどうもなぁ。

2017/02/22 08:52

教養学部」解体による影響

まずもって入学試験に対するリソースの問題。はてなブックマークを眺めると「新設大学云々」というのがあったけども、そこについては今回一先ず置いておきましょう。議論としては後述する話にも絡んでくるんですが。

まずはこの入学試験をアウトソースして云々の話。簡単に言ってしまえば全科目でやっているわけではないです。文系学部では手薄になりがちな国語や地理・歴史、理数系の科目に限った話だろうし、理系学部だったら理数系を除いて公民系の科目あたりでしょう。英語に関しては実のところ大学教員に比較的余裕があるハズなので恐らくは無いでしょうし、文学系の学部なら基本的にほぼ全て内製可能だと思っています。
はてブにも書きましたけど、あたかも全ての科目をアウトソースしているような読み方が出来るよう内容というのは正直アンフェアであまり褒められた記事とは思えません。

さて、この入学試験のアウトソースなんですが原因は簡単なんです。大学の教養課程を廃止したからなんですよね。

戦前から大学には予科(教養課程)と本科(専門課程)というように、リベラルアーツと専門的教育を分けて行ってきた経緯があるわけです。今でも東京大学は頑なにこの枠組を外していません*1。諸外国でも大学教育の大学教育たる所以をこの教養課程に置いているフシがあります。物凄く荒っぽい話をしてしまうと、諸外国で大学生から軍隊に引っ張るということをするときに、教養課程まで終えていた連中はそのまま士官教育をやって少尉あたりに押し込むということをやっていたわけです。要するに教養課程プラス軍隊教育で士官にしてOKと考えているわけですね。

事程左様に教養課程というのは重要だったわけですが、今では殆どこの枠組は無くなっています。各学部に教養科目の教員を設置*2して少数でどうにか動かしているというのが実際です。

通常の講義という観点ではこのようにリソースを分散させてもさほど問題にはならない*3ようですが、困るのが入学試験のときなんですね。大抵の大学では作問を学部ごとに実施しているんですが、教養科目の教員が手薄になるとこのとき困るわけです。例えば物理学部で入学試験の問題を作問するときに、物理の問題は作問者が石を投げれば作問者に当たる程度にはいます。しかし、数学の問題はどうでしょう。物理学部で数学の問題を作問出来る教員は限られてくるわけです。さらに国語の問題になるとごくごく限られた教養科目の教員しか不可能ということになります。ここに受験産業にアウトソースしないといけなくなる所以があるわけです。

なので、入学試験のアウトソースを論ずるのであれば教養学部の解体に端を発するあたりから議論しなければただの難癖になってしまうわけです。

受験産業マッチポンプとそれに乗っかる日経

そしてこの手の「裏メニュー」はある種マッチポンプ的な側面を持ちます。
大学入試の分析をこの手の受験産業は行うわけですが、悪問批判というのをよくよくやるわけです。新制高等学校の課程で扱う内容から外れているだとか、そういうやつですね。地歴公民科や国語科だとかなりこれはやられていたりします。
ただでさえリソースが乏しいなかでこのような批判を受けるとそりゃあ萎縮しますよね。そのとどのつまりがアウトソースです。裏メニューなどと言ってますがある意味マッチポンプだと思います。自然「受験テクニック」的なものを身につけた連中しか解答出来ないような問題が量産されて受験産業は栄華の時代というわけです。まあ、少子化で死にそうになっているところがあるわけで、ある意味ざまぁなんですが。

このくらいのことは日経BPの関係者もライターも知っているわけです。ただ、それには触れない。そこに物凄い悪意を感じます。

言ってみれば出来の悪い気球ですよね。そりゃあ、叩き落とすべきでしょうよ。

*1:こういうところを見ると、良くも悪くも東京大学というのは「大学の位置付け」ということを強く考えているということがわかります。単純に教養学部――駒場の権力が強いというのもあるんでしょうが。

*2:実際は教養学部の教員を各学部に配置転換した。このとき語学系の教員は文学部や外語学部への移籍が中心になるものの一定数各学部にも配分された模様

*3:わけではなくて中の人いわく色々と問題はあるそうな

今日のはてブ(2017/01/23)

インドア派を自認しています。伊達要一です。
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野外で飲むコーヒーという幻想

冒頭述べた通り生まれついてのインドア派なんですが、外でコーヒーを沸かして飲むということに幻想を持っていたりします。

缶コーヒーに宣戦布告!?「ラーメン、コーヒー、そして俺」を使ってみた!【キャンツー逸品】 | clicccar.com(クリッカー)

基本的にコーヒーを飲む用のグッズと割り切った方が良さげ。ただ、物凄く惹かれるものがある。

2017/01/23 14:07

こちらの製品なんですが、Amazonでは(というか恐らくメーカーでも)在庫切れっぽい感じです。

奇抜な製品名ですが要するにパーコレータとクッカー、それにコーヒーミルがセットになった製品ですね。要するにコーヒーメーカーセットと思えばよいかと思います。手元の電子辞書では情報が不足しているので例によってWikipedia*1より引用をば。

パーコレータ は、コーヒーを抽出する器具の一種。または、この器具を用いたコーヒーの抽出方法のこと。1827年にフランスで考案され、特に西部開拓時代のアメリカで普及した。一見すると普通のポットのようであるが蓋を開けると中には運動会の玉入れに使うような篭が入った構造を持つ。

パーコレータ - Wikipedia

この「西部開拓時代のアメリカで普及した」というのがミソで要するにアウトドア向きなんですね。「他の抽出手段のようにコーヒーフィルターを使わないこと、構造が簡単なため故障が少なく洗浄も楽である事が特徴」(パーコレータ - Wikipedia)とあるように、荒っぽい取り扱いと消耗品を使わなくて良いというところにメリットのあるアイテムです。現実的にはクッカー部分やパーコレータの洗浄が必要ですけど、ガラス器具のコーヒーサイフォンなんかと比較すれば荒っぽい取り扱いが出来るという意味で確かにアウトドア向けですね。

東方卓遊戯タグのつくようなニコニコ動画の作品――というかソード・ワールド2.0のリプレイ動画を好んで見ているんですが、一番良いなぁと思うのが野営のシーンなんですよね。当然身の安全を確保しなきゃならないわけで傍目で見るほど暢気なものじゃないのはわかっているんだけど、焚き火を囲んでメシを食ったりしているシーンは心が和みます。
あと、若い頃椎名誠にハマって、あやしい探検隊シリーズだとかを読み漁っていたりするとキャンプに憧憬を持っていたりするんですが、現実的に自分の体力や健康状態を考えると二の足を踏むわけで。

そういったこともあって、せめて野外でコーヒーを淹れて飲むってのは是非やりたいところです。

代替となるのはこのあたりでしょうか。

過去買ってそのままになっているコールマンのガスボンベがあるので、コールマンで揃えてみたいところですね。

*1:こういう細かい道具とかサブカル領域については信憑性云々はさておき記述が充実しているのがWikipediaの凄いところだとは思う

今日のはてブ(2017/01/21)

辞書を引くことを日常になると、何でもかんでもWikipediaな若い連中を見て血圧が上がる程度の老害になります。伊達要一です。
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電子媒体における辞書コンテンツ

流石に辞書と言っても、紙媒体のものを持ち歩いたりデスクに置いたりするのはしんどいところなので電子辞書を愛用しているんですが、その理由がまた一つ減った感が。

iOS向け辞書アプリ「精選版 日本国語大辞典」の発売が開始、1月末まで4,800円 - 窓の杜

地味にキラータイトルをぶっ込んできた感がある。定価が書籍のほぼ半額というのはまあ妥当なところか、どうか。

2017/01/20 10:41

日本国語大辞典といえばある程度日本語の文章に関わる職業であれば、知らなければモグリと言わざるを得ない日本語における最高峰の辞書です。現代的な用字用例だけで言えば近年刊行されている中辞典クラスの辞書*1に一歩劣る感はありますが、古い用例を含めて引く場合にはこれを当たるのが一番早い大変に便利な辞書です。私自身も用字用例で完全に詰まったときには基本的にこいつを引きます。流石に全巻揃いを自宅に置くのは厳しいので図書館頼みですが。ちなみにここに出ていないような用字用例が出てきた場合は、もはや完全に専門書を調べないといけないレベルになるので図書館のリファレンスに相談しましょう。
ちなみに昨年「旦那」の語義について調査を依頼したんですが、まだ返答が無いorz
yohichidate.hatenablog.com

それで、今回はてブで取り上げた精選版というのは上述した全巻揃いから用例を削って3巻本にしたもので電子辞書に搭載されていたりします。というか現状ではカシオEX-wordシリーズだけですね*2。最新の機種としては2017年2月発売予定の「XD-G20000」という型番のものになります。いわゆるフラグシップモデルですね。

Amazonでも結構良いお値段しますが精選版の日本国語大辞典を買うより安いと思えば、まあ妥当なところですね。他の辞書をオマケとしてもある意味オトクではあります。

私が今までスマートデバイスの辞書アプリやPOMERAの辞書を使わなかった理由は簡単で、これが無かったからなんですよね。用例が削られていると言っても主要なものは残っているし日常使いにはまあなんとかなる感じですので。大体広辞苑とセットで引けば大概の語については調べられます。
ちなみに完全に余談ですが形容動詞を認めていないという観点で個人的に広辞苑は日常的に使う辞書としてはアウトだと思っています。少なくとも子どもの居る家庭では完全にアウトです。初等教育中等教育で学ぶ日本語口語文法や文語文法のみを正規なものとするつもりは無いですが異説の位置付けであることは間違い無いので。

今回スマートデバイスというかiPhone/iPad向けに出たのは地味にキラーコンテンツだと思っています。従来広辞苑クラスまでしかこの手のデバイス向け辞書は無かったわけで、これが入ってくると電子辞書から乗り換える向きは結構出てくるんじゃないかと思っています。なんだかんだで電子辞書は色々とデジタルガジェットが増えてくるなかでジャマくさいのは事実なので。価格に関しても日本国語大辞典だけ欲しいということであれば、定価の7,800円でも十分安いし上述の電子辞書よりも格安です。正直、手元に無ければこちらを買っていたかもしれない程です。

今後電子辞書がこういったスマートデバイスに真っ向から対抗するとしたら、やはり日本国語大辞典の全巻揃いを電子辞書することですね。これ、十万クラスでも私は買います。用字用例で詰まったときにいちいち図書館に行かなくていいことを考えるとそれだけの価値があると思っています。

*1:要するに広辞苑大辞林のような国語辞典

*2:かつてセイコーインスツルが搭載した電子辞書を出していたが電子辞書から撤退してしまった

今日のはてブ(2017/01/18)(2)(2017/01/21追記)

お役所仕事と揶揄されるいわゆる役所の振る舞いですが、それ以上にお役所仕事な界隈を見てきた経験があるとコメントに困る今日この頃の伊達要一です。
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理念も無ければ品性も知性も無く、規範も無い小田原市

延々と続く不況によって地方自治体職員の質が結果的に向上してしまうという大変皮肉な状況のなか、古き「悪き」日本のお役所のような腐臭のする出来事に思わず顔を顰めてしまいます。そもそも、地方自治体職員は佐藤大輔*1虚栄の掟に書かれているように、不出来な連中を地元のコネで半ば押し込めるようなところだったわけです。まあ、80年代において自衛隊員の質が極端に悪くなっている*2のを見れば分かる通り、まあ要するに民間サイドにおいて人的資源を多く求める状況になればその程度の連中しか集まらないような職場というわけです。もちろん意識は高く業務に従事されている方々も多数存じてはいますが、全般状況を見ればそんな状況です。

そんなわけでいわゆる「お役所仕事」という言葉はある意味その時代を反映したような言葉であって、大変皮肉なことに冒頭述べた延々と続く不況により死語化しつつあるわけですが。

小田原市職員:「保護なめんな」ジャンパーで受給世帯訪問 - 毎日新聞

エンブレムがリヴァプールFCのものをそのまま持ってきてコレってあたり、もはや頭痛しかしてこない。

2017/01/18 10:29

上に述べたような役所の職員の程度というものの背景を知っているなかでこの事件を見て、最初の印象は「まあ、氷山の一角だわな」というものでした。所詮小田原市なんて神奈川県でも寂れて辺鄙な地域の役所、地方自治体職員なんてその程度で理念も無い連中がいるなぁと思っていたわけですが。

ところがこちらのツイートと当該ジャンパーのエンブレムを見て思わずギョッとしました。
www.asahi.com

エンブレムのもととなったのがリヴァプールFCのエンブレムで、恐らくはこの手のジャンパーを作る業者が出してきた見本から選んだ*3ものと思われますが、よりにもよってリヴァプールFCとは!

私自身この事件があって調べたことで始めて知ったんですが、あのエンブレム自体非常に重たい意味が多いんですよね。

リヴァプールFCのエンブレムには、アンフィールドのシャンクリー・ゲートの門飾りや、サポーターのアンセムともなっている"You'll never walk alone"の文字、リヴァプール市の象徴ともなっている鳥「ライヴァー・バード」(Liver Bird)などが用いられている。
ライヴァー・バードの左右にある炎は、サッカー史に残る惨事と言われる『ヘイゼルの悲劇』と『ヒルズボロの悲劇』への追悼の意を表している。また、ライヴァー・バードはリヴァプール市内のピア・ヘッドに位置するロイヤル・リヴァー・ビルディングの二つの時計台上部にある鳥をモチーフにしている。このライヴァー・バードはリヴァプールの船乗り達の守り神である。

リヴァプールFC - Wikipedia

実のところ当該エンブレムの細かいディティールはリヴァプールFCと微妙に異なっています。上に引用したシャンクリー・ゲートの門飾りに関してはパッと見は同じ感じですがトーチの炎の部分は明確に異なります。恐らくはジャンパーを製造する業者が「リヴァプールFC風」とするために勝手に変えて見本として提供しているのではと推測する次第ですが、正確なところはなんともですね。

部署内で勝手連的に作ったものとはいえリヴァプール市に根ざしたクラブチームのエンブレムを、このような出来の悪い地方公務員並の理念も無ければ品性も無いシロモノに用いるというのは、クラブチームはおろかリヴァプール市から抗議を受けてしかるべきものでしょう。今日現在小田原市のウェブサイトにはこの件については何も記載がありません。プレスリリースにも出ていませんね。記者会見や市長のコメントでは受給者への謝罪はありましたがこのあたりについて触れた報道は今のところ出てきていません。

本来役所は法に基づき業務を執行するものであって知的財産権を侵害するようなこんなジャンパーを作るようなことが業務ではないでしょう。百歩譲って「リヴァプールFC風」ということある種のパロディとして作成するのであれば、元ネタに対するリスペクトがあって然るべきであって、このエンブレムにはそういったものを見て取れません。有り体に言ってしまえばリヴァプールFCとそのサポーター、そしてリヴァプール市を愚弄しているとしか思えません。

正直に言えば、地方公務員に高い理念や品性、知性など期待しません。ただ、守るべき法という規範すら持ち合わせないのであればもはやそれは社会にとって有害でしょう。人事異動で別部署に所属している連中も含めて厳正に処分すべきですし、市長としてリヴァプールFCリヴァプール市に謝罪をすべきです。小田原市民もこんな「理念も無ければ品性も知性も無く、規範も無い」連中と思われたくなければ市当局に対して広範に抗議を行うべきです。


(2017/01/21 追記)
2017/01/20付でようやく正式なリリースが出たようです。

生活保護における不適切な行為についてのお詫び
このたび、本市の生活支援課職員が、不適切な表現が記されたジャンパーを着用し業務に従事していたことにより、生活保護を受ける方々のお気持ちを傷つけ、市民の皆さんとの信頼関係を大きく損ねてしまいました。担当職員らに厳重注意を行い、使用を全面的に禁止しましたが、市民のいのちや暮らしを守るべき市職員として配慮を欠いた不適切な行為であり、許されるものではありません。このことにつきまして、心よりお詫び申し上げます。

このジャンパーは、2007年当時窓口で職員が切りつけられる傷害事件や業務量の多さ、不正受給への対処など厳しい職務環境の中、生活支援業務にしっかりと取り組んでいこうとの強い意志を担当職員が共有するために、任意で作ったものと聞いています。
このたびの件の問題は、不正受給の可能性があたかもすべての保護受給者にあるかのような認識をもたれる不適切な表現が記されたジャンパーを製作し、生活保護受給者を含めた市民の前で着用していた事実、そして10年にわたってこのジャンパーが着用され続け、その行為に対する内部での見直しや異論が出てこなかったことにあると考えており、生活保護制度を利用する権利を抑制することにつながるのではないかという当たり前の感覚が欠如していたと言わざるを得ません。
そこで、このことの深い反省に立ち、生活支援の現場に携わる職員だけの問題とせず、組織全体として、市民一人ひとりに寄り添う職務を遂行するための意識付けを行うとともに、生活困窮者をとりまく諸問題の改善により一層取り組んでまいります。

現在、高齢化の進展と相俟って、生活保護が必要な方々が増え続ける状況の中、その背景や温床となっている格差社会、分断社会、貧困化にどう対処していくのか。行政の役割として、地域に雇用の場を確保し、経済活性化への取組を進め、支援が必要な方々をお互い様の気持ちで支え合い、経済格差が貧困の連鎖に繋がる現状を断ち切っていく。このような取組を進めていくことが、このたびの件に対するより本質的な対応にもなると考えています。

私たちは、数年来、将来都市像「市民の力で未来を拓く希望のまち」の実現に向け、市政の筆頭命題として「いのちを大切にする小田原」を掲げ、様々な取組を進めてきました。生活保護制度についても、適正な運用はもとより、受給者への自立支援、保護世帯の子どもたちへの学習支援なども含め、生活保護を受ける方々への様々な配慮や支援も進めてきています。
それゆえに、このたびの件により、生活保護制度への不寛容、さらには生活支援が必要な方々への不寛容さを小田原市が持っているとのイメージが全国に発信されてしまったことはまことに残念でなりませんが、この機会を、小田原市の進化の機会として受け止め、市民の皆さんと共に、喜びも苦労も分かち合いながら安心して暮らせるまちを目指してまいりますので、皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

小田原市長 加藤 憲一

小田原市 | 生活保護

「担当職員に厳重注意」とありますけど2007年当時に製作に関わった連中についてはどうなのか? とか、「窓口で職員が切りつけられる傷害事件」はまだしも「業務量の多さ」については要員配置がタコなだけだろうとか、ツッコミどころ満載ですがまずは最低ラインのステートメントを出してきたということですね。

現場での苦労はまあ想像に難くないわけですが、それによって得られた生活保護の適正化と要員の苦労が明らかに見合ってないと思うのは私だけでしょうかねぇ。タコな個別最適にしか見えないのだけども。

*1:この人もロクに原稿を書かないアレな作家ではありますが

*2:ちなみに海上自衛隊内のいわゆる「いじめ」とされる事件なんかは、帝国海軍時代の私的制裁の流れを汲むというよりも長期間の航海や環境の悪さによって不人気の海上自衛隊曹士が集まらず不出来な曹士を艦隊勤務に就けざるを得ないという悪循環もあったりする。ある意味で海上自衛隊に関しては80年代の状況が継続しているのかもしれない

*3:もしくはある程度海外サッカーを囓った本件当事部門所属者が選んだ可能性もあり