伊達要一@とうきょうDD954の書棚と雑記

伊達要一の読んだ本の紹介と書評、それと雑記

空洞化を超えて(関満博/日本経済新聞社)


中小企業研究で著名な、明星大教授である著者による、いわゆる「空洞化」問題について解説と提言を行った一冊。
著者は中小企業の現場に密着した調査に定評があり、本書でもそういった視座に基づく議論を展開している。一般に空洞化というと雇用という観点からの議論が中心になるが、それと同時に発生している「技術」や「地域」の「空洞化」という極めて示唆的な着目点で論を展開しているのは、かなりアイ・オープナーなものだと思う。
本書が刊行されたのが1997年と少し前なこともあり、ここで述べられているのは一昔前の内容かもしれない。今日では日本企業が中国やASEAN諸国での生産を行うのが至極当たり前のことになってしまっている。しかし、その背景として日本国内の産業構造がどのようになっているのか? ということを知っておくのはとても有用なことだと思う。そういう意味では是非一度手にとってみて欲しい。

プロローグ 空洞化の連立方程式
第1章 産業空洞化をどうみるか
 1 マクロ的な空洞化論の限界
  (1) プロダクト・サイクル論は妥当か
  (2) 付加価値の高い産業とは
 2 もう一つの「産業空洞化論」
  (1) 技術の「空洞化」
  (2) 地域の「空洞化」

第2章 マニュファクチュアリング・ミニマム
 1 技術の集積構造とその空洞化
  (1) 技術集積の三角形モデル
  (2) 産業構造転換を支える基盤技術
 2 マニュファクチュアリング・ミニマムとは何か
  (1) 技術の組み合わせとしての「ミニマム」
  (2) 「ミニマム」の維持と展開

第3章 産業構造分析の新たな視角
 1 技術基盤をベースにする産業分析
  (1) 従来の産業分析の顕界
  (2) 加工機能に着目した機械工業分析
 2 加工機能による企業類型
  (1) 製品開発型企業の叢生
  (2) 重装備型企業類型の現在
  (3) 機械加工型企業類型の展開
  (4) 周辺的機能の拡がり
 3 加工機能とマニュファクチュアリング・ミニマム
  (1) 加工機能の欠落とモノづくり
  (2) 地域とマニュファクチュアリング・ミニマム

第4章 「地域空洞化」と「技術空洞化」は防げるか
 1 地域産業の技術集積の諸問題
  (1) 大規模企業城下町の困難
  (2) 地域産業の困難
  (3) 誘致企業の動向に揺れる地方小都市
 2 マニュファクチュアリング・ミニマムの模索
  (1) 室蘭と京浜地区のリンケージ・プラン
  (2) 地域技術の高度化
  (3) 地域工業の構造調整後の図式
  (4) 「ミニマム」を確保、形成していくための課題

第5章 新たな東アジア分業と技術移転
 1 地域中核企業の海外進出
  (1) 進出大企業と地域中小企業の関係変化
  (2) 海外進出と地域経済への影響
 2 アジア進出の新局面
  (1) 「輸出組立基地」としてのアジア
  (2) 「中国の事情」の変化
  (3) 「市場」としての中国
 3 産業システムの移管
  (1) 電子部品メーカーの中国進出
  (2) 産業システムの移管が意味するもの

第6章 東アジア各国地域の自立化と日本産業
 1 対中自動車交渉に学ぶもの
  (1) 中国の自動車政策
  (2) 国産化への協力
 2 アジア各国の技術構造とネットワーク
  (1) 中国の「技術」に対する評価
  (2) アジア各国地域の技術構造
  (3) ネットワークとマニュファクチュアリング・ミニマム

エピローグ 「モノづくり」と「人づくり」

地域経済と中小企業(関満博/ちくま新書)


中小企業研究で著名な明星大教授の著者による、東京近郊の中小企業集積について分析・研究した成果を纏めた一冊。
京浜工業地帯ということばを今でも小学校では教えているのだろうか? 今日ではこういった形態での工業集積分類はあまり意味が無いとされているが、かつては東京は商業都市という側面の他に工業都市という側面があったのだ。それは、本書で扱われている城南地域なり城東地域、それに時代が下ると多摩地区といった地域に集積されていた。これに神奈川県(ちょうど城東地域から延伸するかのように展開されていく)を加え「京浜」という地域が一つ大きな工業的集積として形成されているということだ。こういった観点での「工業地帯」という捉え方は小学校は当然やらないし、中学・高校でももしかしたらやらないかもしれない(ごめん、ぼくは地理をろくすっぽ勉強してなかったんだ)。だが、こういったことを再認識するためにも本書は適切だと思う。
一番おもしろかったのは墨田区の事例だ。この地域に住む「工業」に関わるひとたち(そこには行政も当然含まれる)が「工房ネットワーク都市」と定義し、独自の活動を営む姿は読んでいて真に迫るものがあった。本書でユニークなのが、こういった墨田区のことを「寿司屋のカウンター」と述べていることだ。実際にカウンターしかない寿司屋を想像してもらいたい。なんとなく、墨田区で生産すべきものの位置づけが見えて来るではないか。また、その中で著者が述べていることが興味深い。

世間では、付加価値の低い仕事はアジアへという論調がみられるが、事態はそう単純ではなく、一つのまとまった仕事として付加価値の高さが議論されるべきである。このことは、むしろ、付加価値の配分に問題があることを示唆しているのかもしれない。(本書p130)

これを読むと近視眼的に生産拠点やサービス部門を簡単に海外に移転することのアホらしさにあきれてしまう。日本という大きな地域の中でどう付加価値を上げていくか? ということが重要なのに、目先の数パーセントの利益のために全体の付加価値を毀損するようなマネをやっている経営者どもに、著者の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
本書の上梓が1995年と少し前なのだが、現状は本書に記載の延長線上にある。東京地域の中小企業の現状について知りたいなら当然必読。そうでなくとも、中小企業が都市の中でどうあるべきか? ということを知るためにも、一度手に取ってみては如何だろうか?

フルセット型産業構造を超えて(関満博/中公新書)


中小企業研究で知られる明星大教授の著者による、日本の産業構造の転換とそれに伴う東アジア諸国との工業技術ネットワークの形成について論じた一冊。
書かれたのが1993年とこの手の本としてはだいぶ昔に感じるところではあるが、述べられている内容は今でも十分読むべきだと思う。特に、3Kと敬遠されがちな鋳造、鍛造、メッキなどの業種をはじめとした「基盤的技術」領域で歯槽膿漏的崩壊が始まっているという指摘は、今でも続いており当時よりもさらに厳しい環境にあるという理解でいいだろう。
著者は中小企業の現場に身を投じて、現場の息づかいが感じられるような報告を数多く著しているのだが、本書もそれが極めて濃厚だ。とはいっても、新書という媒体だけあって、比較的一般向けに読みやすく薄めてあるからご安心を。特に大田区の工業集積とその現状については、こういった分野に関心がある向き以外にも一読して欲しい。テレビや新聞で、円高不況=大田区の中小企業が苦しむという報道が若干ズレたものだということに気づくことができるだろう。
また、著者の三角形モデルは必見。これもよく報道でわかったようなふりをしているシロモノを目にするが、これほどまでに明確に日本の産業構造を著しているモデルはたぶん、無いだろう。韓国経済オワタ論なんかをネットでよく目にするけども、彼らもまたこういった産業構造をよく理解せずに受け売りでしゃべっている連中が多い。是非とも本書を読んで、自分たちが話している内容と実際の構造の差異を学ぶといい。
大学で経済学や経営学を学んでいるひとたちには是非読んでもらいたい。また、産業構造ってなんだろう? という興味がある高校生にもオススメ。ちょっと難しめではあるし、内容的にも高度だとは思うが、読み応えは十分。この分野について、そんじょそこらの大人よりも真っ当な知識を得られることを約束しよう。